第一話 部下の髪を気にかける男

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 後輩の目に揺らめくのは同情かなにかの感情か。その感情の正体を海遊は掴みかねているが、分かりました、と案外、強情なところがあるのに、素直に引き下がる神尾を見て、ほっとした。……これまでも髪の毛ネタでいじめられてもずっと我慢してきたのだ。いじられた回数はおそらく千回を軽く超える。その、1001回目が今更訪れたとて別に海遊にとってはどうということもない。ただ、いつまで経っても塞がらないこころの傷跡を、もてあますばかりだ。井口理が塞いでくれたらいいのに。 「よかった」と海遊は笑った。その笑顔が、神尾の胸に、どんな効果をもたらすかを自覚せぬまま。「神尾くんって。いまどきのドライな若者に見えるくせして案外アツいところがあるから……ほっとした。そっとしておいて貰えるのが一番なの。でも。……気持ちはありがとう」    すると、何故か頬を赤らめ、唇をやや尖らせた神尾が、そっぽを向いて言う。「鷺沼さん。ガチで駄目な新人だったおれを鍛え上げてくれたのは他ならない、鷺沼さんなんですよ。……正直、鷺沼さんのためならなんだってします。糸原さんの靴を舐めろ、って言われてもおれは舐めますよ」
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