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「ごめんなさい、お肉は私、食べられないの…」
彩子はフォークを置くと、申し訳なさそうに謝った。
なんてことだ
特別な明日を迎えるこの日に、なかなか予約の取れないこのレストランを予約したのは、彩子に美味しいものを食べて欲しい一心だったのに。
「ご、ごめん。付き合って間もないけど、そんなことも分かってなかったなんて、僕は恥ずかしいよ」
「ううん、たけしさんは悪くない。国の習慣なの…黙ってたのは、それで変な女と思われたくなかったから。一緒になる前に言わなきゃ、言わなきゃって思っていたんだけど…逆に、こっちがごめんなさい」
店舗奥側の、窓から夜景が見渡せる特等席
給仕係は頭を下げ合う僕らを、察したように見ないふりで通り過ぎる。
ちがう、そうじゃないんだけど
皿の上の骨付き鹿肉は、もう湯気を立てていない。
僕はグラス八分目のマルゴーを一息で飲み干した。
「あっ。でもアントレはスズキのパイ包みだったよね。美味しいって言ってたね…確か。さ、魚は好き?もしかして。マグロとかは?」
しどろもどろに早口になる僕を見て、彩子はクスリ、と笑った。
「うん、好きよ。お刺身とか。あ、実家が大きな川のそばだったから、ええと…淡水魚って言うのかな?川魚が好きよ」
「ヤマメとかニジマスとかかな」
「うん。でもね、一番好きなのは」
「好きなのは?」
「たけしさん。大好き」
顔を赤らめる彩子。
僕は照れ隠しに赤ワインの追加を大声で頼んだ。
この日は少し飲みすぎて、予定は来週に延期した。
「川魚か…」
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