少子化対策

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

少子化対策

「なぜ、私たちが少子化対策などに取り組まねばならないのだ?」  貴族らしい品のある声に、憤りが滲んだ。 「我々の高貴な楽しみのため――それだけのことさ。そのための余興だと思えば苦にもなるまい」 「――なるほど、事態が事態だけに致し方がないということか」 「それでは早速、議論をはじめよう」 「要するに、子供が欲しいと思わせればいいってことだろう?」 「そう単純な問題じゃないようだぞ」  大会議室に集う大勢の貴族たち。それぞれが考える少子化対策案を持ち寄った。 「長続きする不況の影響から、子を持ちたいと望む家庭の数も減っているようだ」 「ふん、所詮は金か」 「金がなければ、何もできまい」 「じゃあ、空から金でも降らすか?」 「悪くない。天からの恵みだ」 「そもそも、結婚願望すら持たない若者も多いようだな」 「金もなければ愛もないって?」 「金があっても愛は買えやしないだろう」 「金で買える愛だってあるさ」  庶民とはかけ離れた感覚ゆえに、議論はふわふわと宙を舞う。 「もっと現実的な案はないのかね?」 「私たちの楽しみが奪われかねない深刻な事態。もっとまともな議論をしようじゃないか」  ひとりの貴族が手を挙げ、意見した。 「政治家の連中も巻き込まないと、問題が解決しそうにない。政界に働きかける方法も考えねば」 「なるほど。それも一理あるな」  貴族たちはチームにわかれ、さまざまな少子化対策を試みることに決まった。  時に金をばら撒いたり、時に男女の恋愛の仲介をしたり、政治家を促し法案を通させたり。想像以上に根深いこの問題に、悪戦苦闘する日々は何年も続いた。  それらが功を奏し、この国の少子化問題は徐々に解決に向かっていった。それと同時に景気も上向き、市井(しせい)の人々の幸福度も高まりを見せた。 「皆、喜んでいるじゃないか。誰かのために尽力するというのも悪くないものだな」 「誰かのため? 最終的には我々の楽しみのためではあるがな」 「偽善ってことか?」 「彼らにとっては偽善でも、我々にとっては善。どこにも悪が出てきやしない」 「最終的に我々が満足できれば、何だって構わないさ」  それぞれが上げた成果を発表する会議の場。貴族らしからぬ地道な活動を経た者たちは、口々に感想を言い合った。 「諸君。これまでよく頑張ってくれた。もはや我々の憂慮は払拭されたと言ってもよいだろう。さぁ、時は来た!」  最年長者の号令を聞くや否や、貴族たちは一様に咆哮した。痺れを切らした者たちが窓辺に駆け寄る。窓から空を見上げれば、そこには祝福するかのような満月。月明かりが猛る姿を照らし出した。狂気の雄叫びをあげながら窓を開け放つと、空を埋め尽くさんばかりの大群が古城から飛び立った。  多くの子供たちが一斉に姿を消すという、前代未聞の出来事に世間は震撼した。一夜のうちに我が子が何者かに連れ去られた親たちは、混乱と絶望で慌てふためいた。  古城のバンケットルームには、興奮で鼻息を荒らげた貴族たちが顔を並べる。 「さぁ、お待ちかねのスペシャルなワインが解禁されますよ!」 「ついにこの瞬間がやってきた!」  濃い赤紫の液体が注がれたワイングラスを高々と掲げ歓喜した。 「人間の子供たちの生き血で作られる、このスペシャルなワインに、乾杯!」  手にしたワイングラスがぶつかり合い、軽やかな音を立てる。  液体をひとくち含むと、独特な酸味とまろやかさが口の中に広がった。貴族たち――いや、貴族階級のヴァンパイアたちは恍惚の表情を浮かべた。 「名残惜しいな。またしばらく、この味とはお別れか」 「人間たちにはもっと真剣に少子化問題と向き合ってもらおうじゃないか」 「そうだな。先のことは考えず、今はこの味に酔いしれよう」  血の香りに包まれた宴は、夜が明けるまで盛り上がり続け、古城には愉悦の笑い声と陽気な音楽が響き渡った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!