第三話「ジャズの悪魔」

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第三話「ジャズの悪魔」

1f7d67af-86d7-4478-a5a1-60bd7393e69e  僕は楽器店の店員に尋ねた。 「さっきの――さっきのお姉さんが弾いていた曲は、なんですか」 「ああ、『茶色の小瓶』ね。ジャズのスタンダード曲ですよ」 「僕でも弾けるでしょうか」 「初心者向けにアレンジした楽譜がありますよ」  その日から、僕のランドセルには『ジャズの悪魔』が住んでいる。  母さんに隠れて買った楽譜『やさしいピアノソロ スウィングジャズ名曲選』のことだ。ブルグミュラーは貯めておいたお小遣いから買いなおした。  そっちは楽譜棚に並べてある。きちんと。  だけどジャズの楽譜は別だ。あれは悪魔で、僕の仲まで親友で、母さんには見られたくないものだ。だから毎日、楽譜をランドセルに入れて学校へもっていった。  歩くたびにランドセルの中で楽譜が、跳ね飛ぶようなコードを見せびらかした。 『こっちは楽しいぜ。お前が練習しているバーナムだのツェルニーだのとはまるで違う――飛べるんだぜ』  ああ、知ってるよ。  急降下するみたいなコード。最初の音はコンマ1秒おとし、裏拍で跳ねる。音が鳴ると、背中に翼が生えるんだ。  青空を自由に飛びまわる翼。  だけど僕が引くのは、カチンコチンの練習曲。  母さんが、先生が示すとおりのリズムでまっすぐに座って音を出す。    とてもきれいで、とても整っているけれども。  僕をどこへも連れて行ってくれない音ばかり。 (UnsplashのNoorulabdeen Ahmadが撮影)
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