第四話「死んじまいたい、もう」

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第四話「死んじまいたい、もう」

1bc9302b-1f0e-4055-974f-08a0ea2731c0  あれから10年。僕は今もこっそりジャズを弾いている。    その日、午後4時。  僕は学校から家にまっすぐ帰るとリビングにカバンを放り出し、地下のシアタールームへ降りた。ピアノの横には古いランドセルが置いてあって、ジャズの楽譜をぎっしり入れてある。  僕の飼いならせない悪魔は、ジャズピアノだ。  浮き上がるようなスウィング。なだれ落ちるようなコード進行。クラシックじゃ出せない勢い。目がくらむような切ないメロディ。  ジャズピアノは、世界最高峰だ。  地下に置いてある古いランドセルには、もうさんざん練習した楽譜が詰め込んである。ぜんぶ暗譜してあるから楽譜は必要ないんだけど。  ジャズを引くときは、かならずピアノに楽譜を置くことにしている。  置けば『ジャズの悪魔』が来てくれるから。  ふたりで秘密のギグができるから――。 「……あれ? ランドセルが、ない?」  僕は勢いよく飛び込んだ地下のシアタールームで、イヤな汗をかきながらランドセルを探す。  ――ない。  ないないない。  必死に探しまわった。  いつもと違う場所に置いたのかも。  まさかと思うけど、部屋に持って行ったのかも。  探しながら思い出したんだ。今朝、母さんが言っていたこと――。 『地下室に置いてあるランドセル、ゴミの日に捨てるわよ』  ゴミの日は――今日だった。  僕は茫然とシアタールームを見渡す。  一気に灰色の地獄になった場所を。    楽譜がなければ『ジャズの悪魔』は、きっと来てくれない。  あの日、小学生の僕を誘惑した悪魔は――古いランドセルとともに、消えてしまった。  なんてこった。  朝食に、塩鮭なんて食っている場合じゃなかった。  ちゃんと話を聞いて、自分の言いたいことを言うべきだったんだ。  アホ玻璃。バカ玻璃。  死んじまいたい、もう。 (UnsplashのSoragrit Wongsaが撮影した写真)
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