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リビングに戻ってソファに、どすんと座る。
バカバカバカ。どうして、『ランドセルを捨てないで』ってハッキリ言わなかったんだ。
僕は――いつも、本当に言いたいことを言わない。
言わないから、人に僕が伝わらない。
『布池玻璃(ぬのいけはり)』が何を考えて、どう思って生きているのか、誰にもわからないんだ。
伝わらないまま、僕の青空は削り取られていく。
見ろよ、クソ。もうジャズの悪魔が手を振るスキマさえ、なくなってしまった。
自分のせいだ。
必要なことを言わず、いつもどうにかなる、誰かが何とかしてくれるって甘く考えているせいだ。
布池玻璃の甘さが、ジャズの悪魔を殺したんだ。
目を閉じる。
数ミリの青空さえ見えない、真っ暗な脳みその中に沈み込む。
終わりだ。
僕はもう、終わりなんだ。
ブ……ブブブ……。
なんだよ、うるさいな。ああ、スマホか。
ポケットからスマホを取る。澄からだ。
「ごめんね、あたしの電子辞書、玻璃くんのカバンにない?」
カバンをあさる。出てきた。
「――あるよ」
「やっぱり。明日の二時間目にいるんだよね……って、玻璃くん、元気ない?」
「いや、全然へいき――」
言いかけた言葉がとまる。
へいき?
平気じゃないだろ、10年かけて集めたジャズの楽譜を失くしたところだぜ?
ただの楽譜じゃない。あれは僕の親友だったんだ。
そう思ったら、泣いているみたいな声が出た。
「どうして僕はいつも――平気じゃないときに、平気っていうのかな」
「へ?」
電話の向こうで、澄の声がとぎれた。
ぶわっと汗がふき出した。なにを言ってんだ? 澄だって変に思うよ。すぐにリカバリーしなきゃ――。
でも、スマホからはいつもと同じ澄の声が聞こえた。
「玻璃くんは、強くなりたいんだね。
何があっても平気な強いヒトに、なりたいんでしょ。きっとなれるよ。
でもあたしには、平気じゃないときは『平気じゃないんだ、澄』って、言える玻璃くんが好きだな」
カンと、体の中で、何かが開く音がした。
「……そか。平気じゃないって、言っていいんだ」
(UnsplashのGavin Hangが撮影した写真)
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