第七話「ビギン・ザ・ビギン」

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第七話「ビギン・ザ・ビギン」

 f0a389e3-4eef-467b-8753-b737ba3ce448 「——玻璃(はり)、玻璃、起きなさいよ、もう」  ばしん、と肩を叩かれた。ピアノの前で、眠っていたみたいだ。 「あ、母さん」 「びっくりするじゃない、帰ってきたら、リビングにカバンの中身が散らかっているし、あんたはいないし」 「ごめん、ピアノを弾いてた」 「そうみたいね」  母さんはちらりとピアノを見た。 「あ、母さん。ランドセルを捨てたの?」 「ええ。朝、そう言ったでしょう?」 「ごめん、ちゃんと聞いてなかった。あのランドセルの中に楽譜が入っていたんだ」 「知ってるわよ。その棚に置いたわ」 「えっ!?」  あわてて棚に行く。  あった。  全部そろっている。  『茶色の小瓶』『A列車で行こう』『ビギン・ザ・ビギン』。  僕がブルグミュラーの楽譜を買わずに、こっそり集めたジャズピアノの楽譜が全部、棚に並べられていた。  母さんが言った。 「それ、大事なものなんでしょう? あなたがあんなに書き込みをした楽譜、初めて見たわ。もうご飯だから、上にいらっしゃい」 「うん――ありがとう、母さん」  立ちあがってピアノにふたをする。スマホを見ると、澄からラインが来ていた。 『玻璃君のピアノが途中だけど、ママがお風呂に入れってうるさいから、もう行くね。  ありがとう。すてきなピアノだった』  くくく、と僕は笑いはじめた。笑って笑って、お腹が痛くなるまで笑ってからスマホをポケットにしまった。 (UnsplashのValentino Funghiが撮影した写真)
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