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第一話「誰にも知られちゃいけない、秘密の5時間」
僕は古いランドセルに、悪魔を一匹、飼っている。
いっぴき? 悪魔の数詞は“匹(ひき)”かな? “頭(とう)”かな……。
ま、どっちでもいい。
とにかく、僕はどうしても飼いならせない悪魔をランドセルにしまい込んでいるんだけど。
ときどき、押さえきれなくなって出てきてしまうんだ。
今朝もあやうく、悪魔が出てきてしまうところだった。いつものありふれた、朝食の席で――。
高2男子の朝は戦争だ。
朝食の塩鮭は一口で食う。みそ汁とご飯は5分で完食。味なんてよくわからないけど、どこまでもスピード重視でいく。
そこへ母さんの声がした。
「今日は仕事で遅くなるの。帰りは九時だけど、晩ごはん、待てる? 玻璃(はり)?」
「うん」
「そうだ、地下のシアタールームに置きっぱなしの小学校のランドセル、そろそろ不燃ゴミに出すわよ」
「うん――あ、え、ちょっと待って――とにかくもう行くから。帰りは、九時になるんだね?」
いそいで二階に上がってカバンを取る。窓からは真赤なモミジが見えた。
何かが終わりを告げる色だ。
夏は終わった。上着が必要だ。僕はジャケットを手に持って、階段を駆けおりた。
学校の最寄り駅、改札の向こうにカノジョの高野澄(たかのすみ)が見えた。
「――澄」
と呼ぶと、振りかえる。
ボブの髪、紺色の制服にバックパック。どこにでもいるJKなんだろうけど、僕には特別だ。彼女のまわりだけが光っている。
初めてのカノジョだし。
このあいだ、キスもしたし。
駅から学校まで二人で歩くのも、メチャクチャ楽しい。
澄が言う。
「今日さ、部活ないんでしょ。帰りにスタバ行こうよ」
僕は口ごもる。
「あ、その、約束があって」
「えー、誰と?」
「あくま――じゃない、悪友」
「オトコだけで集まるってやつ? ちぇー」
つん、と澄は口をとがらせる。澄はいつも、言いたいことをはっきり言う。断られても気にしない。次の約束があればいい。
そこが僕と違うところで、すごくかわいい。かわいいけど――今日はダメだ。
授業は3時に終わる。寄り道をしないで、まっすぐ家に帰って4時。母さんが戻るまでに5時間ある。
僕と悪魔、二人きりで5時間を過ごせる。
ああ、まるで夢みたいだ。
誰にも知られたくない、秘密の時間が5時間も。
(UnsplashのCharis Gegelmanが撮影した写真)
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