とりにいく。

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 *** 「ただいまー」 「はーい、お帰り、智夏ちゃん」  帰ると、お母さんが玄関まで出迎えてくれた。親切に、私にランドセルを受け取ってくれる。遅くなったことに(しかも忘れ物を取りに戻ったことも報告している)苦言を呈されるかと思いきや、そんな気配はまったくない。 「怒らないの?」  私が尋ねると母は、怒っても仕方ないでしょ、と言った。 「心配だけど、無事に帰ってきてくれればお母さんはそれでいいの。でも、忘れ物はあんまりしないように気を付けてね」 「はーい」 「ハンバーグもうすぐできるから、手を洗ってらっしゃい!」 「うん!」  リビングからは、良い匂いがしている。ということは、殆ど料理は出来る寸前ということだろう。今日は、お手伝いしろと言われないらしい、とちょっとだけほっとした。どうしても、晩御飯の支度というものが私は苦手だったからである。  学校でもちゃんと手は洗ってきたが、トイレに長く籠ったこともあってもう一度綺麗にしておこうと決める。指の爪まで綺麗に泡を立てて洗い、流したあとに消毒液をまぶせる。  それから、うがいも忘れてはいけない。ちゃんとうがい薬をしてうがいをするのが我が家のルールだ。 「!?」  何気なく鏡を見た私は、ぎょっとさせられることになった。一瞬、自分の顔が飴細工のようにぐにゃぐにゃと歪んだように見えたからである。 ――あ、あれ?つ、疲れてるのかな。  もしくは目にゴミでも入ったのかもしれない。目と一緒に顔をよく洗って、タオルで拭いて、もう一度鏡の中を見る。  今度は特に、おかしなところは何もなかった。やっぱり気のせいだったと、胸を撫で下ろした時だ。 「智夏ちゃーん」  足音とともに、母がひょっこりと洗面所に顔を出す。 「ハンバーグ、今日はどうする?おろしソースとデミソースがあるんだけど」 「ひっ」  普通に返事をしようとしたところで、私は完全に固まってしまったのだった。  今度は、どう見ても見間違いじゃない。  鏡の中。母の顔が、解けている。茶色の汚泥のようなものが、首から上にどろどろに詰まっているのだ。そして、蠢いている。まるで、泥そのものが生き物であるかのように。 ――ひょっとして。  私の背中を、冷たい汗が流れた。 ――神隠しっていうのは。  凍りつく私のすぐうしろ。母の服を着た怪物は、泥で歪んだ口でにやりと笑ったのだった。
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