4人が本棚に入れています
本棚に追加
***
――うう、しまったぁ……。
それから、一カ月ちょっとくらい過ぎた十一月頭。
私は急にお腹が痛くなり、学校のトイレに駆け込む羽目になったのだった。
サッカークラブの活動を見学させてもらっていたら、少々帰りが遅くなってしまった。四時のチャイムはとっくの昔に鳴ってしまっている。一応家には遅くなる旨をLINEしてあったが、それでもあまり暗くなる時間になると心配をかけるだろう。十一月ともなれば、五時くらいにはもうかなり暗くなってしまっているのだから。
――もっと厚着してくればよかった。こんなに寒くなるなんて聞いてないよう。
日が落ちてきて急に冷え込んできた。今日は少々風が強かったというのもあるらしい。台風が近づいてきているという話も聞いている。ひょっとしたら近く休校になるかもしれない、とクラスの男子達は呑気にはしゃいでいた。
サッカークラブのミニゲームに参加させてもらってたっぷり汗をかいていたのもよくなかった。汗が冷えて、急に体温が下がってしまったのである。朝は比較的温かかったので油断していた。明日からはちゃんと上着を持って出て来よう、と心に誓う私である。
暫くトイレで唸って用を済ませたあと、個室を出て手を綺麗に石鹸洗った。鏡の中の、やや青ざめた自分の顔を見たところではっとする。危ない、またしてもトイレに携帯を忘れてくるところだった。気が付いて良かった、と心から思う。
「あっぶな」
携帯を回収し、私はトイレの前に置いたランドセルを背負って学校を出たのだった。
そう。携帯を回収したところで、安心したのが良くなかったのだろう。
家の近くまで戻ってきたところで、思い出してしまった。算数ドリルの宿題が出ていて、しかも明日までだったという現実を。
――ああああああああああもう!私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!学校で思い出していればいいのに!
家に帰ることなく、私はもう一度学校に引き返したのだった。家から学校までは、片道で徒歩二十分程度。少し長いようにも見えるが、坂道のない平坦道ばかりなのでさほど苦ではない。やや速足で、赤レンガの正門を潜る。
凛名に言われた怪談を思い出したのは、教室で算数ドリルをランドセルにつっこみ、なんとなく時計を見た時だった。時刻は、五時を少し過ぎていた。
「あ」
ここ一カ月、楽しいことが多すぎてすっかり忘れていた。この学校の、よくわからない怪談。逢魔時に忘れ物を取りに行ってはいけません、というアレ。
「あー……やっちゃった」
殆どろくに信じてはいなかったので、私が気にしたのは別のことだった。この時間帯になると、警備員さんや用務員さんが見回りに来て叱られるのかもしれない、ということである。先生が言うほどだから、よほど子供が変な時間に学校に来ることを警戒しているのだろう。雷が落ちたら面倒である。
真っ赤な夕焼けが照らす教室。長く長く、机と椅子の影が伸びている。なんだかお化けみたい、と少しだけ肝を冷やしつつも、私はそろりそろりと廊下の様子を伺ったのだった。
幸い、人気はまったくない。用務員さんはもちおろん、生徒の姿もない。私はほっと息をついて、やや足早に廊下に出、階段を駆け下りて靴箱に向かったのだった。
「……なーんだ」
校舎を出、赤レンガの正門を出たところで私は思わず口に出していた。
「神隠しなんて、ないじゃん」
やっぱり、先生達の脅しだったのだ。ちょっぴり怖がって損をしたと、そう思った。
後で凛名にも教えてやろう、と決める。うっかり逢魔時の時間帯に忘れ物を取りに行ったけど何もなかったよ、と。そんなにビビらなくても大丈夫だよ、と。
――やっぱり、お化けなんて本当はいないんだよ。
だから、きっと気のせいだろう。
夕焼けがやけに真っ赤に見えるのも、まとわりつく空気が妙に生ぬるく感じるのも。
最初のコメントを投稿しよう!