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前を向く、そこが始まり
〈お昼一緒にいかが?〉
〈タイミング良すぎ〉
数秒で返ってきた返事を見て顔を上げると、すぐそこに上野が立っていた。
ユウと上野は顔を見合わせ並んで歩き出す。会社が入ったビルを一階まで降りて、「ここでいいね」と迷わずビル内のカフェに入った。もう何十万回と来ている店だ。二人はそれぞれランチメニューを注文し、空いていたカウンター席へ自然に並んで座る。腰を下ろした時、ユウは上野のトレーを二度見する。
「え、クロワッサンも頼んだの?」
「うん」
「パン食い過ぎじゃない?」
「うるせぇ」
そう言って笑いながら、上野はこんがりと焼き目の付いたサンドイッチを頬張った。ユウはセットのサラダをフォークで刺しながら、気だるそうに話し出す。
「そういえばさぁ、派遣の亀井、いたじゃん」
「うん」
口をパンパンにして上野は頷く。
「昨日最後だったんだけど、『ありがとね、あなたが一番話しやすかった』って言われた」
「うぐぅっ!」
上野は笑いを堪えて両手で口を抑えた。顔を真っ赤にして震えている。
「はは……」
ユウは口だけで笑った。上野はむせながら一生懸命に口の中の物を飲み込もうとしている。サラダに乗ったグレープフルーツを見た時、ふと先日の会話が蘇った。
「あ、そうだ、今度女子三人で果物狩りして温泉行くから、運転手やって?」
「やだ」
口を大きく動かしたまま、彼は器用に即答した。
「じゃあ美柑ちゃんとふたりで行って?」
眉間に皺を寄せながら、上野はもぐもぐと咀嚼を続ける。
「……………………なんでそうなる?」
ユウはふんっと上野から顔を逸らし、コーヒーをふうふうと冷ました。
「上野きゅんはもう、美柑ちゃんのこと、ちゃんと好きなんでしょお?」
「……………………」
寒そうに背中を丸めるスーツ姿の男たちが、窓越しを早足で去って行く。それを眺めながらユウはニヤける。
「だって、週末にホイホイ出かけちゃうんでしょ?」
「くそっ、聞いたのか」
「んふっ。休みの日なんて、私が連絡してもまともに返事もしないくせに。わざわざ午前中に起きて、ランチだけでのこのこ外出ちゃうなんて。アンタもう好きでしょ」
上野は何も反論しないまま、黙々と食事を続けた。
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