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「相手の言葉に甘えていつまでも中途半端にしてたら、ミカンはすぐどっか行っちゃうよ? 少しでも大事に思ってんなら伝えないと、気持ちって、想像以上に伝わんないよ? あんたもさ、もういじけるのやめなよ」
笑ながらパスタをフォークに巻き付ける。
「…………10年恋愛してない私が言うのもなんだけど」
「ほんとだよ!」
思い出したように突然、上野は隣を振り向き声を上げた。
「汚ねっ、なんか飛んだんだけど」
ユウが体を引くと、彼は慌てて自分の口元を隠した。
「あ、ごめ…………ユウさんは? もう一生男作んないつもり?」
紙ナプキンで丁寧に口元を拭ながら、落ち着いた声で尋ねる。ユウは笑顔でそれに答えた。
「そんなつもりは全然ないよ。きっとそのうち、なんかあるでしょ。タイミング。ラブストーリーは突然らしいから」
「は?」
太ももの食べかすを払う上野の顔を少し覗き込んだ。
「運命の恋が始まる時って、頭んなかで小田和正が流れるんだって」
「ん? そうなの?」
上野は首を傾げた。話がひと段落つかないまま、ユウは続ける。
「私ね、これから独立する準備しようと思って」
「え、ぉおえぇ? マジ?」
「うん」
「そっか。なんかやりたいって言ってたもんな」
頷きながら、ミルクの蓋を剥がし中身をコーヒーの中へ注いだ。白いミルクが渦を巻いて溶けていく。ユウも、カップの中の液体が黒から茶色になるのを見つめていた。
「うん。何かぁ、いっぱい失敗しながらここまで来た自分のこと、もちょっと信じてあげてみる事にした。私はもう、ダサいもん作りたくないんよ。色んな理由考えて、言い訳して、もう自分のこと不幸にしたくない」
「……そうか」
上野はコーヒーを持ったまま、ぼんやりと遠くの風景を見た。曇天の下、落ち葉が旋回しながら舞い上がる。
「上野っちも信じてあげたら? 自分のこと。美柑ちゃんともっと一緒にいたいって思ってんでしょ? 頼むから、うちのかわいい上野を不幸にしないでやってくれよお」
「……………………」
頭を下げ、カップの茶色を見つめる上野を、頬杖をついたユウがつまらなそうに見る。
「てか、そもそも重く考えすぎなんだよ。あんたがちょっと恋愛したくらいでこの世界は何も変わんないよ? ネットニュースになるとでも思ってんのかね」
その言葉にふんっと上野が笑った。
「……そうだな」
それだけ言ってクロワッサンを頬張り、盛大にパンくずをテーブルへ散らかした。
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