何から伝えれば

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いくら気が合う友達と言っても、男女が長い間、ふたりきりで酒を飲むだけの関係などあり得ない。少なくとも上野にはその気があった。ずっとあと一歩という状況で、その一歩を踏み出せずにいたのだろう。そう考えると、今更、第三者がひょっこり出て来て好きだのなんだの言って、掻き回すようなものではなかったのだ。 彼らには彼らの歴史があって、二人はすぐにでも結ばれるべきだった。美柑は自分を情けなく思っていた。なぜそんな事に気付かなかったのか。彼はただ親切で、誰にも冷たくできないだけ。これじゃただの邪魔者だ。 「あ、ちょっ美柑さ……」 酔った若い集団とすれ違った時、その中の一人が大きくバランスを崩した。ぼんやりとしていた美柑はそれにぶつかり飛ばされてしまう。上野は咄嗟に美柑の肩を抱き寄せ、彼らから守るようにその間に入った。一瞬の出来事だった。 ふと気が付くと上野の腕の中にいて、美柑はその状況に驚き慌てて顔をあげた。上野はしっかりと美柑の体を守ったまま、去って行く若者たちを振り送り「…ぶねぇなぁ」と呟いた。目の前でその喉仏が上下に動き、美柑は緊張で下を向く。肩に置かれた手の重みが暖かい。美柑の心臓は嬉しいのか苦しいのか、判別できない程に激しく高鳴っていた 「あ、ごめんっ」 胸の中で俯く小さな存在に気が付き、上野は慌てて体を離した。 「大丈夫?」 下を向き固まったままの美柑を、彼は心配そうな声で覗き込む。離した手は行き場を失い、不自然に空中に留まったままだ。混乱した感情が、一気に胸の奥から溢れ出す。 「ズルい…です」 美柑は細い声を絞り出した。遠くから、先ほどの集団の笑い声が響いている。青白いイルミネーションの下、赤と黄色のライトが車道をひっきりなしに行き来する。 上野は、顔を上げないままそれ以上話さない美柑を見つめた。そして、困った様にたどたどしく言葉を並べる。 「は……話し合う? なんか嫌なことしたんだよね俺、きっと。だから……原因と対策、で。教えてもらえませんか?」 美柑は泣きそうな思いで上野を見上げた。けれどまた俯き首を振る。 「すみません、ありがとうございます。でも、それは意味ないんですよ。上野さんに他に好きな人がいるなら、話し合っても意味ないんです……」 「んえ?」 何も心当たりが無いという様なその表情に、美柑の胸は締め付けられ続けた。誤魔化されているのか、からかわれているのか。もしくは自分で自分の気持ちに気付いていないのか……。間の抜けた顔をしている上野を見つめて、これが最後かもしれないと思った。 「私、全然わかってませんでした。勝手に図々しくグイグイいっちゃって、ホントすみません。もうちゃんと諦めますから。私は大丈夫だってちゃんと言っておきますから。だから、上野さんはユウさんと幸せになって下さい」 そう言って深々とお辞儀をした。 「え、ユウさん……?」 美柑はもう全てを覚悟していた。彼らの幸せを願う事が、今やるべき唯一の事だと結論は出ていた。ユウには世話になっている。あったはずの彼女の幸福を奪ってしまうのは間違いだ。今ならまだ引き返せる。勇気の時もそうだったように——。 美柑はもう一度小さく頭を下げて歩き出す。立ち尽くす上野の横を通り過ぎ、そのまま真っ直ぐに駅を目指した。今こなすべきミッションは、まずは電車に乗ること。それだけを考えて前に進んだ。
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