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第7回 根拠のない期待
一年が経った。
世界では人類未曾有のパンデミックが起きていた。人々は未知の病気に恐怖して、終わりの来ない閉鎖された時間に怯えていた。働き方はすっかりと変わり、新しいコミュニケーション方法はあっという間に広がった。
「はい〜きゃんぱーーーーい! お疲れさーーーーん!」
ユウの明るい声で、それぞれが飲み物を掲げる。
「いんや〜元気だったぁ?」
智佳は画面越しに、ユウが既に出来上がっている状態だとすぐに気付いた。
「ユウさんそれ何杯目?」
「しらん」
うわっはっはっと変わらない豪快な笑い声が聞こえる。
「お二人とも元気そうで良かったです」
美柑は、蛍光灯の下で控えめな声を出した。
感染が広がるとホテル業界は厳しくなり、美柑は仕事を辞めて一度実家に戻った。実家は東京からは遠い西の町だ。上野との恋が成就したかと思えば、すぐに遠距離恋愛の日々だった。赤い顔のユウが尋ねる。
「そっちあったかぁい?」
「普通に寒いです」
懐かしい声を肴に、智佳は嬉しそうにビールを飲んだ。すっぴんとパジャマのユウとは違い、きちんとメイクをしている。
「智佳ちゃんは? 相変わらず?」
「うん、何も変わらずです」
智佳は同じ会社で仕事を続けていた。経営が傾いて派遣社員を切る会社も多いなか、幸いにも智佳が働くメーカー会社はあまり影響を受けていなかった。ただ社員たちは皆リモートワークにも関わらず、顧客情報を扱う智佳達は出社しなければならない。それが少しのストレスだったし、生活が変わらないおかげで、智佳自身の心もなかなか変化しにくい状況となっていた。
「てか、美柑ちゃん、私ちょっとフライングで聞いちゃったんだけど……」
ユウが身を乗り出してカメラに顔を近づけた。それを見て智佳は笑って、美柑は少し照れた様に笑った。
「あ、そうなんです。実は、上野さんと結婚する事になりました」
「ぇえーーーーっ!!」
「わ、びっくりしたぁ」
智佳が叫び、ユウが肩をすくめた。
「そのくだり、なんか懐かしいです」
美柑が肩を震わせる。
「はいおめでとうっ!」
ユウはもう一度グラスを掲げ、画面に向かって乾杯をした。
「おめでとう美柑ちゃん!」
智佳も心から喜んで、手にしていたスルメを掲げた。
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