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智佳は、感情に整理をつけるのが遅い自分を恨んだ。話を飲み込むのも、その答えを見つけるのも、人より少し遅い気がしている。いつも言いたい事が見つかった頃には、事態はもう別の展開になっている。
周りのテンポについていけずに、いつも一歩出遅れる。子供の頃からそうだった。けれど周りの人間のお陰で、それを不自由を感じた事はなかった。親も友達も、待ってくれるのが当たり前だった。
しかし、今この状況で待ってくれている人は誰もいない。誰にもこの声は届かず、気持ちのやり場がない。
早く元の生活に戻りたい。いつになったら、去年までのような日常が戻ってくるのか、考えても考えても、見当はつかない。
「——岡島さんって彼氏いるの?」
ランチに出ようとしたところに、同僚のギャルが唐突に尋ねた。
「え、いないですけど……?」
智佳は少し身構えた。
「良かった。あのう、今日、合コンなんだけど、数足りなくて……お願い! 来て! 頼む!」
そう言うと、彼女は智佳に向かって90度に頭を下げた。貧血気味の智佳は、あまりに突然のその状況を、ひとごとのように見ていた。周りの同僚たちは休憩の準備をしながら、さりげなく二人の会話に聞き耳を立てている感じがした。ぼんやりと考えてみるも、彼女の無茶な頼みを親切に引き受ける義理もない。智佳は苦笑いでゆっくりと首を振った。
「私じゃちょっと、ね。年もアレだし……」
向かいの佐藤がスマホを見ながら一人頷いている。まるで「まぁそうだよな」とでも言っているようだ。しかし彼女は引き下がらない。一度断られることくらいは想定済みのようだ。
「大丈夫! 男子みんな30代だからっ! しかも全員いい企業! 頼む! お願い! 迷惑かけないから! 一生のお願いぃ!」
普段の智佳なら絶対にノーと言う。そもそも、自分より若くて可愛いギャルの合コンなど、一体誰がイエスと返事をするだろうか。これはもう誘う方が狂っているとしか言いようがない。
しかし、今の智佳はそれ以上に狂っている。最初はあり得ないと思ったが、それも何か決めつけのような気がした。どうせ真っ直ぐ家に帰ったところでメソメソ泣くだけだ。無理矢理にでも、何か新しい流れが必要なのかもしれない——。
「わかりました。行かせていただきます」
言った瞬間、周りにいた全員が驚いて顔を上げた。
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