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第6回 選ばれなかった悲しみ
「そんで、何か成果あった?」
ユウがブーツを脱いで、ソファの上であぐらをかいた。カウンターから他の客達の笑い声が聞こえる。
「何にもないです。ほんと行かなきゃよかった」
「適当に、誰か連絡先聞けば良かったんじゃないですか」
そう言って美柑は、バターチキンカレーを一口食べて「んんっ」と嬉しそうな声を上げた。智佳はスプーンを持つ手を止めて渋い顔をした。
「うーん、でも、誰と話しても全然興味持てなくて……なんか、浅田さんへの気持ちを再確認しに行ったみたいになっちゃった」
ユウは頷きながらナンをちぎる。
「そっかぁ、他の出会いを探すにはまだ時間が経ってなさすぎたってことかぁ」
ナンの内側から、チーズが湯気を出しながらとろっと伸びる。智佳は口に残ったスパイスをビールで流し込んだ。
「私ね、彼には幸せに生きてて欲しいって思ってたんです。後ろめたい事はもうやめて、ちゃんと奥さんと幸せに生きて欲しいって。相手の幸せが自分の幸せだって思ってた。
でも……きれい事なんか言うもんじゃないね。彼が今幸せだったとしても、だから私は幸せって、全然思えない。自分の知らないとこでの他人の幸せなんて、ほんとはどうでもいいんだよね。こっちには未練しかないよ」
「そうですか……」
美柑は俯く智佳を見て残念そうな表情をした。そんな二人を見て、ユウもすっきりしない顔をする。
「嫌いになって別れた訳じゃないもんね。あっさり手に入った物って、意外と大事に出来ないけど、欲しくて欲しくて仕方ないのに手に入らなかった物って、ずっと覚えてたりするよねぇ」
美柑は口の横を拭いながら小さく頷いた。
「手に入れられなかった物への執着、ですかね」
「しゅう…ちゃく」
智佳は呟いた。簡単に手に入る物なら、最初から魅力的には見えなかったのか。求めてはいけないから欲しくなったのか。単にそれを追い続けているだけで、これは愛などとは呼べるものではないのか。本当は、満たされる程の幸福な生活をしているのに……。
「でも、自分が選んだ人に選ばれなかったら、まぁ……泣くよね」
ぼそっと呟いて、ユウはワインに口をつけた。
選ばれなかった。結局浅田は妻を選んだ。結局もなにも、彼は最初からそうだと言っていた。でも、それでも——
「もう少し私が我慢できたら、もしかしたら私を選んでくれたんじゃないかって……そう思っちゃう自分がいて……。でも別に待ってろなんて、言われてないのに。でも……やっぱり全然、諦められないっ」
今の智佳は、少しのきっかけがあれば簡単に泣いてしまえる。震えて小さくなるその姿を見て、二人は「あぁ…」と声を揃えた。ユウはおしぼりで手を拭き、そっと智佳の背中をさする。
「ごめん、キツかったか。でもね、我慢は幸せへの試練じゃないと思うよ。我慢しなくても、幸せになれるから。我慢しないと報われない恋なんて、しちゃダメなんだよ?」
「その通りです」
美柑は深く頷いてから、カウンターの方へ向かった。
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