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裁 く
「ねえ、合コンどうだった?」
「は?」
「こないだここで話してたでしょ?」
「あぁ、つまんなかったよ」
「はっ、何だよ」
「私、忘れられない人がいて。そういう人がいる時に出会い求めてもいい事ないね」
突然、初めて智佳の口から本音のようなものが飛び出し、佐藤の動きは一瞬止まった。
二人でほんの少しの残業をした後だった。他の同僚はもういない。智佳は仕事と浅田の事を考えるのに疲れて、頭があまり働かなくなっていた。
「え、あぁ、そうなの? 例の、年上の彼氏?」
少し戸惑ったような佐藤の声で、智佳はやっと、自分が口を滑らせてしまったのだと気が付く。
「あ。今の忘れて」
無かった事にしようと、急いで帰り支度をする。
「無理だよ、聞いちゃったもん」
「ごめん、聞かなかったことにして欲しい。おつかれ」
気まずくなって部屋を出ようとすると、彼はすぐ後ろについて来る。
「なんで付いてくんの?」
「や、俺も帰るし」
「あそっか」
そのままの流れで、ふたりはとぼとぼと駅までの道を歩いた。外はもう真っ暗で、空気はすっかり冷え切っている。年末の何となく浮かれた雰囲気が、街のそこかしこから感じる。
「そーいえば佐藤くん、もう辞めるんだもんね」
「そうだよ。寂しいなぁ〜トモカさんと会えなくなるの」
「嘘つけ」
智佳は鼻で笑った。ダウンに顔をうずめて、佐藤も何となく笑っている。
「俺と付き合ったら、元彼のこと忘れるかもよ?」
「無理だねぇ」
智佳は即答した。佐藤はそれに不満げだ。
「何だよ。そんなに好きなの?」
「…………好きだねぇ」
「より戻せないの?」
「うん」
「なんで? 相手にもう彼女いるとか?」
「うん。結婚してる」
顔を見ないまま独り言のように答えた。
「それって、結婚しちゃったんじゃなくて、元々結婚してたってこと?」
この青年は案外鋭い。
あと数日で会社を去る彼には、正直、もうどう思われても良かった。むしろ何とでも言ってくれ、と智佳は思ったので素直にそれに答えた。
「うん、そう。私、不倫してた」
本当に、何となく、言ってみた。
ユウや美柑に散々話していた分、聞いてもらう事に慣れてしまっていたのかもしれない。しかし、佐藤は彼女たちのようにすんなり受け入れたりはしなかった。
「うわ、がっかりだよ。引くわぁ。トモカさん最低っ」
シンプルだけど、きちんと突き刺さる言葉だった。
「……だよね」
それだけ言うと智佳は黙って佐藤の隣を歩いた。道路には車がノロノロと列を作っている。
♪ どこまでも続く赤い〜 テールランプが綺麗でぇ
頭の中にワンフレーズだけ歌が流れる。どこかから悲しいハーモニカが響き、全てがどうでも良い気分になった。
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