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 油蝉の鳴き声を加藤律子(かとうりつこ)は嫌いじゃなかったが、今は(うるさ)く感じていた。  参道沿いに連なる土鈴(どれい)が、緑色の風に揺れて涼しげな音色を奏でても、律子は物憂げな面持ちでじっと、店先に並んだ鬼灯(ほおずき)を眺めていた。  しばらくすると「お待たせ」、と二宮英斗(にのみやえいと)が律子の肩をぽんと叩いた。いつもの爽やかな笑顔だ。こんな日にも笑顔なんだと、少しイラっとする。 「浴衣じゃん、りっちゃん!」英斗がつぶらな瞳を輝かせる。律子はこの仔犬のようなくりくりした目に弱い。 「うん、まあね……せっかくのお祭りだし」と、愛想笑いを添えて返す。 「すごい似合ってる。アップの髪も。いってくれれば俺も甚平にしたのに」  Tシャツに薄手のジャケットとデニムの英斗が、自分のコーディネートに目を落とす。すこし残念そうだ。 「ああ、ごめん。急に思いついたから」  律子は咄嗟(とっさ)に噓をついた。本当は今日に合わせて美容院を予約し、着付けもお願いした。アイラインもいつもより濃い目に引いた。女らしいところを見せたかったのだ。今日が最後のデートだから。
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