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「苗を買うお金も持ってないんだ。働き口が、なくなったばっかりだったから。呼び売りもやり始めたけど、まだ慣れてないから、あんまり割り当てももらえない」  また泣きそうになっているので、モリスがハンカチを差し出すと、驚いた顔をしたあと、怖々とした様子で目元を拭った。  もしかしたら、人生で初めて使ったのかもしれない。  そうやって自分を気にかけてくれる人間が存在すると知ったからだろうか。  素直に、話し始めた。 「今日だってもう、売るもんがないから、しかたなく帰ってきてたんだ。家に戻ってきたんならもっと稼げ、って、父ちゃんにも殴られてばっかだ」  それから、クレマチスをビリーに返した。  レイモンドとモリスは、父親に殴られるのを当然のように語る姿に、眉を顰めるしかない。 「失くして困ってるなんて知らなかったんだ。ごめんよ」  素直な謝罪に、ビリーも黙って頷いた。 「ちゃんと水やってね。もうすぐ、綺麗に咲くはずだから」 「うん」  無事戻ったクレマチスを抱えて、ビリーは軽い足取りで階段を上がって自宅へと帰っていく。  それを見送ったあと、モリスはため息をついた。 「鉢植えが見つかったのはいいですけど、スージー、なんだか気の毒ですね」 「ああ」  建物を出ながら、レイモンドはなにやら考え込んでいるようだった。  衣装屋までの道を戻るあいだも、いつものおしゃべりは出ず、ほとんど黙ったままだった。
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