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先ほど聞いた銃声が思い出された。焦るあまり獣と間違えて撃たれたらかなわない。
不安が顔に出ていたのか、男はありがたい申し出をしてくれた。
「なんなら、うちに泊まっていくかい?」
「え?いいんですか?」
「おう。さっき仕留めたばかりの獲物があるから、ご馳走してやるよ」
まさかこんなところでジビエが食えるとは。感謝しつつ、俺はご好意を受けることにした。
板敷きの広間の中央に囲炉裏があり、そこに吊るされた鉄鍋からぐつぐつと中身が煮え立つ音が聞こえてくる。男が蓋を開くと、真っ白な湯気とともにいい香りがあたりに漂った。
男は権田と名乗った。彼が取り分けてくれた料理を口に運ぶ。肉は少し歯ごたえがあるが、野趣あふれる旨味があった。
「うわっ。これおいしいですね。鹿ですか?それとも猪かな?」
権田は俺の箸先をちらりと見てから、
「そりゃ、ニエの肉だ」
「ニエ?なんですかそれは」
「さっきも言ったろ?猟の解禁日に獲物を仕留められないのは縁起が悪いって」
「はい。言ってました」
「でもな、どうがんばっても獲れない年はあるんだよ。そんなときのために、うちの村では保険として獲物を生捕りにしておくんだ。そいつを飼っておいて、次の年の解禁日に獲物が見つからない場合、山に逃がすんだよ。そいつを狩る」
「それを、ニエって呼ぶんですか?」
「そう言うことだ。でもな、最初の頃はそうやってニエも獲物が取れないときだけものだったけど、それもだんだんと儀式化して、今じゃ解禁日は必ずニエを放って狩ることになってんだ。まあ解禁日を祝う祭りみたいなもんだ」
「なるほど。で、結局ニエってなんの肉なんですか?」
「だからニエだよ。捕まえて一年育てた獲物は、鹿だろうが猪だろうか全部ニエって呼ぶことになってんだ」
なぜだか彼は機嫌を損ねたようだ。触れらたくない部分に触れられたように顔を顰めてみせる。仕方なくニエのことは脇に置いて話題を変えることにした。けんか別れしたとはいえ、一応気にはなっていた友人のことだ。
「ところで権田さん。今日このあたりで、僕のようなキャンパーをほかに見ませんでしたか?」
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