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「キャンパー?いや、見なかったなぁ……」
その言葉の中には妙な間があった。心なしか視線が泳いだようにも見える。思わず「本当ですか?」と疑いの眼差しを向けてしまった。
「なんだ。俺が嘘ついてるって言うのか?」
案の定、権田は語気を荒げて俺を睨む。
「いいえ、そういうことではなくて……」と慌てて取り繕うも、場の空気は最悪だった。
居づらくなり、行きたくもないのにトイレの場所を訊ねた。昔の家らしくトイレは外にあるということなので、いそいそと玄関から出た。
外はすっかり真っ暗だった。月明りを頼りに辺りを見ると、数メートル離れた場所に木造の小さな小屋があった。簡易トイレほどの大きさの建物だ。それが恐らくトイレだろう。そこに向かいつつ、今何時か確かめようとスマホを手に取った。
時間よりも先に目に飛び込んできたのはアンテナのアイコンだ。ちゃんと3本立っている。人が住む集落だからだろうか。
真っ先に呼び出したのは友人の電話番号だ。無事に下山できたか確かめるためだ。そこにかけると、スマホから呼び出し音が聞こえると同時に、耳なじみのある着信音がどこからともなく流れてきた。
「え?」
音がするほうを見る。誰かがいる気配はない。が、音はまだ聞こえてくる。
恐る恐るそちらに向かう。さっきまで俺がいた家の裏手にゴミ袋が幾つか積まれていた。その一番上におかれた袋。そこから着信音が発せられていた。
袋の口を解き、中をかき回す。見つかったのは友人のスマホだけではなかった。彼が身につけていたものや所持品が乱雑に詰め込まれていた。
次の瞬間、臀部に針で刺されたような痛みが走った。手で押さえつつ目視すると、見慣れないものが突き刺さっていた。
人の気配がして視線を上げると、猟銃のようなものを構えた権田が立っていた。
麻酔銃で撃たれたと気づいたときには、すでに意識は朦朧となっていた。
「おい、起きろ」
その声とともに激しく体をゆすられた。目を開けると、友人が俺を見下ろしていた。髪はぼさぼさでひげも伸び放題。かろうじて見える肌は垢で真っ黒だ。
「ついにきたぞ。解禁日だ」
その声を聞きながらゆっくりと体を起こした。
一年前、権田は言った。捕まえて一年育てた獲物は、鹿だろうが猪だろうか全部ニエと呼ぶのだと。まさかその獲物の中に人間も含まれるとは思いもよらなかった。
あの日、俺と友人はこの村の奴らに捕まった。そしてニエとして密かに飼育されていたのだ。この地下牢で。
狩猟解禁日の今日、きっと奴らは俺たちのことを簡単に狩れると考えているだろう。だがそう思い通りにはいかない。この日のために俺たちはあいつらに隠れて体を鍛えてきたんだ。かならず逃げおおせてみせる。
村の男たちがぞろぞろと姿を現した。手に手に猟銃を持っている。その中には権田の顔もあった。
俺たちはそれぞれ木箱に押し込められ、運ばれていく。わずかな隙間からは外の様子が伺えた。村の中央に祭壇が設けられ、その前に俺たちの箱が並べられた。その周囲を村人たち老若男女が取り囲んでいる。
そのうちの一人が進み出て、俺たちの箱の横に立った。がたがたと閂を抜くような音の後、箱の一面が左右に分かれた。
「そうらニエども、とっとと逃げろ」
男の掛け声とともに村人たちから歓声があがった。
生きて山を下りられるのか、それとも猟師たちに撃ち殺されるのか。運命の扉は今、開かれたのだ。
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