89人が本棚に入れています
本棚に追加
ラッキー。
~・~・~・~
ナツの飼い主が見つかったのは冬の終わりのことだった。
仕事とは言えない仕事を終えて家に帰りナツに『ただいま』と挨拶したと同時に俺のスマホがジリリリンと鳴り、震えた。
時刻は午前8時44分。
発信は公衆電話からになっていたが『もしもし?』と言って出てみた。
応答の返事はすぐにあった。
応答した声はまだ声変わりもしていない男の子の声で電話越しからでも緊張しているのがはっきりとわかった。
俺はその男の子に『どうしたの?』と出来るだけ柔らかく訊ねてみた。
その子は『ラッキー』と言って黙り込んだけれど俺の足元で耳を立てて『わんっ!』と鳴き、立派な尻尾をぶんぶんと振りだしたナツのその様子からその電話越しの男の子がナツの・・・ラッキーの本当の飼い主であることを俺は察した。
俺はその男の子に大人の人から連絡をしてもらうように伝え、その子は『わかった』と言って電話は切れた。
恐らくその子が電話を切ったのではなく時間切れだった。
俺はその子の保護者から電話が来るのを待った。
その電話が来たのはその日の夕方だった。
電話はその子の父親からで俺の保護している犬がラッキーで間違いないことを確認し、引き渡し日や引き渡し場所を決めていった。
どうしてラッキーを見つけるのにこんなに時間が掛かったのかとそれとなく訊ねてみるとラッキーの飼い主家族は俺がラッキーを保護する1週間ほど前に隣の県に引っ越しをしていたことがわかった。
ラッキーは新居住地から脱走し、元の居住地であるここまで一人で来ていたらしく、その距離は優に100キロを越えていた。
ラッキーの飼い主家族もラッキーを探していたがまさか100キロ以上も離れた元の居住地に来ているとは思っていなかったらしく見つけるのが遅くなったらしい。
それならどういう経緯でラッキーのことを知ったのかと訊ねると飼い主の男の子の友達が俺の作ったチラシを見つけ、飼い主の男の子に連絡を取り、飼い主の男の子が少ないお小遣いを使い俺に連絡をくれたらしい。
電話を終え、電話を切った俺は溜め息を吐き出した。
ラッキーは俺の前に座って立派な尻尾を振りながら舌を出して『えへへへ』と笑っているようだった。
そんなラッキーの・・・ナツの頬を俺は『こら~・・・』と言いながら揉み、ナツを抱きしめた。
なんでかな・・・。
引き渡し日が来なければいいと思うのは・・・。
最初のコメントを投稿しよう!