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地獄。
~・~・~・~
ナツが・・・ラッキーが居なくなったあとの部屋はとても寒く感じられた。
引き渡しの日、粉雪が舞っていた。
だからその日は寒くて当たり前だった。
だけれど、桜が咲いてもその寒さはなくならなかった。
ラッキーの飼い主である男の子はまだ小さかった。
その子はラッキーを見るとすぐに泣きだし、ラッキーの首に抱きついて泣きじゃくっていた。
そんな男の子をラッキーは守るようにしていた。
どうしてラッキーが脱走したのかは誰にもわからなかったが別れ際、飼い主の男の子が笑顔で教えてくれたことがあった。
『ラッキーは幸福の犬なんだよ』と・・・。
「幸福・・・ね。幸福か~・・・」
俺はそんな言葉を呟きながら今日の仕事場である社長室に入り、社長机の上に置かれた書類やファイルに何気なく視線を向けていた。
俺の飼い主はまだ会議中なのか居なかった。俺は暇潰しに使えそうなものはないかとそこに置かれた書類やファイルを漁り、移動社員・新役職社員と書かれたファイルを手にし、捲っていった。
「これ・・・」
何十枚・・・何百枚とあるその中の一枚にふと目が留まり、手が止められ、息も止められた。
氏名・・・白浜 夏海。
その白浜 夏海と書かれた名前横の写真は間違いなくあの夏海で俺はしばらくの間、死んでいた。
何が起こっているのかわからなかった。
夢かと思い下唇を噛みしめ、血の味と痛みに戸惑った。
また会えた喜びよりも恐怖が勝った。
会いたいと思っていたのに・・・だ。
こんな俺を見たら・・・今の俺のことを知ったら夏海は・・・どう思うのだろう?
そう考えるだけで地獄だった。
俺はそのファイルを閉じ、項垂れた。
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