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電話。
~・~・~・~
首輪、なし。迷子届け、なし。名前、年齢、不明。性別、オス(玉なし)。犬種、ゴールデン・レトリバー・・・。
俺は交番で貰った古いロープで即席の首輪とリードを作り、保護したその迷子のゴールデン・レトリバーと共に歩き、閑静な住宅街の隅に建てられた一軒家の家へと帰った。
家に着き、片開きのアルミ門を開けて門の内に入り、小さな庭を抜け玄関の前で玄関の鍵をポケットから取り出したとき『あ~・・・』と脱力した声が漏れた。
帰る途中にショッピングセンターかペットショップに立ち寄るべきだったと気づいたからだ。
うちには犬のエサなんて当然ないし、俺自身のエサも丁度切らしてしまっていた。
とりあえず家の中へと思ったときズボンのポケットにしまっていたスマホがジリリリンと黒電話の音を発し、震えた。
俺は小さな溜め息を吐き出して発信主を確認することなくその電話に出た。
「・・・もしもし」
『もしもし。瑞季? もう家に着いたかな?』
落ち着いた声に柔らかくそう問われた俺は『はい』とだけ答えて足元に居るゴールデン・レトリバーに視線を向けていた。
ゴールデン・レトリバーは鮮やかな舌の先をチョロンと出していた。
それに俺は小さく吹き出し、電話の相手に『瑞季?』と問われてしまっていた。
俺は軽く咳払いをして『あの・・・』と言って話を切り出した。
今、俺の住んでいる家の主は俺じゃない。
今、俺の住んでいる家の主は電話の主だ。
そして、その電話の主が俺の飼い主でもあるわけで・・・。
電話の主に・・・俺の飼い主に俺は事情を話し、ゴールデン・レトリバーをしばらくの間、飼いたい旨を伝えた。
反対はされないと思っていた。
実際、反対されることはなく『必要な物は準備した?』と訊ねられるほどで俺は何も準備出来ていないことを素直に伝えた。
すると俺の飼い主は『待ってて』と言う言葉を残し、その電話を切った。
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