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「彼が育ててくれればいいけど、先のことは分からないよ」
「その時はお願いだから知らせて、あなたを神様の使いと信じているわ」
「分かった。いつ旅立つの北海道に?」
「明日退院時にそのまま行く。その方が未練が残らない」
「送ってあげよう」
そして退院当日、病室を出ると金原が待っていた。
「やっぱり義明は来なかったね」
もし義明が迎えに来てくれたなら考えを変えるつもりもあった。
「さあ、これで未練は残らない。あの子の行く末は定期的に知らせて上げる。この名刺の裏表を親指と人差し指でこすり合わせると私に通じる。遊び心は駄目だよ、通じないよ」
「ありがとう」
金原がハンチングを脱いで頭を掻く。大きなフケが舞い上がると雲の切れ間から癪が飛んで来た。恵子は驚いて目を丸くしている。
「こいつで札幌までひとっ飛び」
「二度と嫌だ」と嫌がる恵子を抱き上げて癪の背中に乗せた。
「耳に摑まるといい。癪頼む」
癪が飛び立った。
「恵子さん、お客さん。お馴染みさん」
恵子が札幌に来てから12年が経っていた。来年還暦を迎えるが齢より若く見える恵子は食うに困らないだけの収入を得ていた。
「恵子さんは若いねえ、なまら還暦には見えない」
「まだ還暦でないよ。一年ありますよ」
持ち前の明るさも人気を後押ししていた。サービス中に頭痛がした。
「あたし上せたかもしれない。お客さん悪いけど今度にしてお金要らないから」
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