輪廻Ⅱ『鳩胸』

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「今度お母さん紹介して、挨拶したいから」 「ああ、でも難しい人だから」 「構わない、義明と交際していることを知っていて欲しいの。そうすれば安心でしょ」  明子に押し切られる形で日取りがまとまった。 「お帰りなさい。ご飯は?」 「食べて来た。恵子は食べた?」 「ええ、いただきました」 「実はさあ、恵子にお願いがあるんだ、これ一生のお願いだから助けて欲しい。収入にも影響があるんだ」  始まった。嘘の下手な男が嘘を吐くとき饒舌になる。やはり親子ほどの齢の差を考えずに夢みたいな理想を膨らませたのがいけなかった。しかし臨月である、どうすることも出来ない。今この男に捨てられたらどうなるだろう。我慢してでも嘘を信じた振りをすることで乗り切るしかない。 「なあに?あたしには義明しかいないから、出来ることは何でもするわ」 「ありがとう、実は部長の娘さんが僕のことを好いてくれて、付き合いを申し込まれているんだ。当然断るけど、今は僕にとっても大事な時期だから適当にあしらって娘さんの方から断るように仕組みたいんだ。いい?」  聞くに堪えない嘘ほど胸が詰まることはない。 「ええ、いいわよ。ねえ義明、戸籍を入れないとこの子が可哀そうだから、生まれる前に婚姻届けを出しましょう。その人には黙っていれば分からないでしょ」 「ああ、分かった。折を見て僕が届けて来る。それともうひとつ、恵子のことをお母さんと伝えてあるんだ。僕が言ったわけじゃなくて彼女が偶然見掛けてお母さんでしょと言うから頷いておいた。それも口裏合わせて置いてくれる」  恵子にとってこんな辛い試練はない。齢の差はあるが恋人同士、そして夫婦になる男女、その男から親に化けてくれと懇願された。  
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