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「うん」
うん、以外の言葉は出せなかった。出せば涙が湧いて来る。恵子は腹を擦りお腹の子に助けを求めるのであった。
「さあ、上がって」
義明の鼓動は高まっている。恵子が上手く演技をしてくれるだろうか。
「何かドキドキする」
明子は玄関で深呼吸を繰り返した。
「母さんはすぐに出掛けるらしいから挨拶だけでいいよ」
義明は先に居間兼用のダイニングキッチンに進み椅子に座る恵子にウインクをした。
「母さん、この人が明子さん。明子さん、うちの母です」
義明が二人を紹介した。
「母さん悪いね約束の時間があるのに待たせちゃって」
義明が追い出しに掛かった。
「お母さん、義明君と結婚を前提にお付き合いしています。きっと二人で幸せを掴みます。お母さんも、新たな恋をしていると聞きました。その結晶が羨ましいです」
義明がこの女にも嘘を吐いているのが恐かった。自分が邪魔でしかない存在に見えて来た。
「それじゃ約束があるので、ごゆっくりと」
行く当てなど無い恵子はコートを羽織って家を出た。
「きれいなお母さんね、義明の奥さんと言ってもおかしくない」
恵子を送り出した明子が言った。
恵子は近くのパン屋でクリームパンとオレンジジュースを買って公園のベンチに腰を下ろした。自宅アパートの階段が遠くに見える。あの女が帰ればすぐに戻ろうと二時間が過ぎた。ベンチの陽は陰り、膝から下が冷えて来た。お腹が痛い、これが陣痛なのか初めての経験である。足元に二羽の鳩が寄って来た。大きな一羽が小さな一羽を虐めているように見える。
「虐めないの、ほっぽー。私も鳩胸よ。仲良くしてね、ほっぽー」
聞こえたのかどうか首をぎごちなく傾けた。
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