8人が本棚に入れています
本棚に追加
『神様、助けてください。私はいいです。この子が無事に生まれて、すくすくと育って人にやさしい子にしてあげてください。それと義明がこの子を捨てないで成人するまで面倒看てくれるようお願いします。神様、この通りです』
沈んだ夕日の赤く残る空に手を合わせた。
「奥さん、奥さん」
呼ぶが返事がない。
「まずいな、少し戻すか」
金原は恵子の額に掌を当てた。指が脳に沈む。小指の先を寿命の最後に絡めて少しだけ巻き戻した。恵子の意識が戻った。金原は恵子の腹に手を当てていた。
「何をするんですか?」
恵子は見知らぬ男の頬を張った。バチーンといい音が公園のカラスを驚かした。
「失礼、あなたが気を失っていたから気付けをしたまでなんです。お腹の子に影響がないか確認していた」
赤く腫れた頬を撫ぜながら言った。
「あなたはお医者さんですか?」
「医者じゃない。こういう者です」
名刺を出した。
「あなたがお腹の子のことを心配して神に祈りを捧げた。その祈りは誠実で心底からのお願いと受け取って私が参上致しました」
「仙人、金原武?」
「ええ、そうです、神の下働きと考えてくれればいいですよ。それより医者に行きましょう。もう生まれそうだ」
陣痛が始まった。金原は渋茶色のハンチングを脱いで頭を掻いた。大きなフケが舞い上がる。空の切れ目から癪が飛んで来た。
最初のコメントを投稿しよう!