疑惑の朝

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

疑惑の朝

 それは、ボージョレヌーボーの翌日のことだった。  哲弥(てつや)が夜勤から戻ると、妻が外出着で居間のソファーに寝ていた。  テーブルには、ワインの空瓶が4~5本あった。  それと、ツマミが載っていたとおぼしき、汚れたお皿が数枚あり、スナック菓子の袋もあった。 「友達でも呼んだのかな?」  哲弥がそう思ったとき、テーブルの上にあった妻のスマホが鳴った。  そのとたん、妻が飛び起きてスマホを掴んだ。  妻は哲弥がいることに気づいて、 「見た⁉️」 と言った。 「え、何を?」 「見てないなら、いいの。」  妻は返事もそこそこに、スマホを見た。  哲弥から、画面を隠すようにして。  なんだか不安になった哲弥は尋ねた。 「これ、友達と飲んだのか?」  すると妻は、テーブルの上を確認するようにサッと見渡したあとで、 「うん。  そう………  思っていればいいのよ?」 「え⁉️」  妻はモナリザのように笑っていた。  哲弥は固まった。  胸に不安と疑念と恐怖がおしよせた。  だが、哲弥はスルーした。 「そ、そっか。  なら、そう思っとくわ。」  哲弥の返事に、妻は目尻を吊り上げた。 「なにそれ。  事なかれ主義ってこと?」 「いや、あの」 「気にならないの?」  まずい、と哲弥は思った。  もしも浮気したなら、言わないでくれと思った。  なぜなら…… 「君と別れたくないんだ!!」  思わず叫んでいた。  情けない奴だと思われるくらい、なんでもなかった。好きな女と一緒にいたかった。  現実を見せられるのが怖いというふうに、目をギュッと閉じてうつむいている哲弥に、妻は迫るような声音で言った。 「別れる?  その必要は……どうかな。」 「やめろ。」  哲弥は両手で耳を押さえた。 「ない、といえば、ないのよね。」 「そうだ! ないんだ!」 「でも、聞いて欲しいな。  私の本当に好きな人はね……。」 「やめろー!」  哲弥が叫び、しゃがみこんだとき、妻は言った。 「あ・な・た・よ♥️」 「へ?」  妻は爆笑し、スマホに向かって、 「聞こえた?  大成功!  旦那の本音、本当にわかっちゃった。  アドバイスありがとう。  じゃあね!」  上機嫌で言って、スマホをテーブルに置いた。  そして哲弥を見て、 「今でも好きでいてくれてるのね。  よかった。  結婚しても、たまには意思表示してほしいのよね。」 と、笑った。  今度はちゃんと、目も笑っていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!