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疑惑の朝
それは、ボージョレヌーボーの翌日のことだった。
哲弥が夜勤から戻ると、妻が外出着で居間のソファーに寝ていた。
テーブルには、ワインの空瓶が4~5本あった。
それと、ツマミが載っていたとおぼしき、汚れたお皿が数枚あり、スナック菓子の袋もあった。
「友達でも呼んだのかな?」
哲弥がそう思ったとき、テーブルの上にあった妻のスマホが鳴った。
そのとたん、妻が飛び起きてスマホを掴んだ。
妻は哲弥がいることに気づいて、
「見た⁉️」
と言った。
「え、何を?」
「見てないなら、いいの。」
妻は返事もそこそこに、スマホを見た。
哲弥から、画面を隠すようにして。
なんだか不安になった哲弥は尋ねた。
「これ、友達と飲んだのか?」
すると妻は、テーブルの上を確認するようにサッと見渡したあとで、
「うん。
そう………
思っていればいいのよ?」
「え⁉️」
妻はモナリザのように笑っていた。
哲弥は固まった。
胸に不安と疑念と恐怖がおしよせた。
だが、哲弥はスルーした。
「そ、そっか。
なら、そう思っとくわ。」
哲弥の返事に、妻は目尻を吊り上げた。
「なにそれ。
事なかれ主義ってこと?」
「いや、あの」
「気にならないの?」
まずい、と哲弥は思った。
もしも浮気したなら、言わないでくれと思った。
なぜなら……
「君と別れたくないんだ!!」
思わず叫んでいた。
情けない奴だと思われるくらい、なんでもなかった。好きな女と一緒にいたかった。
現実を見せられるのが怖いというふうに、目をギュッと閉じてうつむいている哲弥に、妻は迫るような声音で言った。
「別れる?
その必要は……どうかな。」
「やめろ。」
哲弥は両手で耳を押さえた。
「ない、といえば、ないのよね。」
「そうだ! ないんだ!」
「でも、聞いて欲しいな。
私の本当に好きな人はね……。」
「やめろー!」
哲弥が叫び、しゃがみこんだとき、妻は言った。
「あ・な・た・よ♥️」
「へ?」
妻は爆笑し、スマホに向かって、
「聞こえた?
大成功!
旦那の本音、本当にわかっちゃった。
アドバイスありがとう。
じゃあね!」
上機嫌で言って、スマホをテーブルに置いた。
そして哲弥を見て、
「今でも好きでいてくれてるのね。
よかった。
結婚しても、たまには意思表示してほしいのよね。」
と、笑った。
今度はちゃんと、目も笑っていた。
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