第四章

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第四章

 彼に会ったのはそんな時だった。  下校時。  私は雨の中、傘もささずに一人、とぼとぼと歩いていた。  その日は母が仕事の都合で迎えに来れなかった。  いや、わざと迎えに来なかったのかも知れない。  真っ直ぐ家に帰らず、ホテルまで歩いてやって来た。  雨の中、傘もささずにホテルまで来たのは、目的があったからだ。  そのホテルは、閑静な住宅街に建っていた。  大理石と重厚感ある石のエントランスが目を引く、高級感漂う8階建てのホテル。  今は経営者が破産し、取り壊される事なく廃墟になっている。  雨風に身を縮めながら、上目遣いでホテルの屋上を見つめる。  「呪いのビル」と呼ばれているホテルだった。  何故呪いかと言うと、自殺者が三年間で20人も出ているからだ。  その為入り口は封鎖されている。  建物を一周すると割れた窓ガラスを見つけた。  心霊スポットでも有名な為、何処かの物好きが肝試しに侵入したのかも知れない。  私は割れたガラス戸からホテルに侵入した。  ホテルの廊下に足をつけるとカビ臭い匂いが鼻腔を刺激する。  膝が冷えた廊下に着く。 「痛っ‥‥」  膝を摩って立ち上がると、目の前の階段を登って行く。  目指すは屋上だ。  駆け足でグルグルと螺旋を描くように、登って行く。  上へ、上へ。  8階に着く頃には息が切れ、心臓がバクバクと破裂しそうだった。  私はハァハァ喘ぎながら、屋上へ出るドアを押す。  当然、ガチャガチャという音を立ててドアが開かない。  ‥‥と思っていた。  しかし、錆びついているドアは少し抵抗を感じただけで、容易に開いた。  鍵は?  不思議に思って開いたドアから辺りを伺ったが、屋上には何もなく、雨が見えるだけで人の姿は無い。  安心して外に出る。  息を整えながらゆっくりと屋上の縁へと向かう。  屋上の周りには金網が取り囲むように張ってある。  落下防止の為に設けられている金網だ。  自殺者にとって最後の壁。  ここで我々の決心は問われる。  死か生か。  神からの最後の質問。  私は胸に手を置いて目をギュッと瞑った。  大丈夫。  決心はついている。  私が21人目になるだけ。  私は何も頭に思い浮かばない静寂の日々が欲しかった。  この金網を越えればもう何も考えなくていい‥‥  金網に手をかけた瞬間だった。
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