第六章

1/1
前へ
/14ページ
次へ

第六章

 彼のアパートは通りに面しており、二階建ての二階、外階段登って一番奥、窓から通りを見下ろせる部屋が彼の部屋だった。  彼は部屋に入ると、狭い部屋でごめんなと言いながら、風呂場にお湯を溜め、風呂に入るよう勧めた。  部屋の暖房は電気ストーブしかないので、これが一番体があたたまると言っていた。  私が「あの、お風呂、先に入ってください。あなたが風邪を引いてしまいます」と言うと彼は「遠慮すんな」と私に風呂を勧めた。  洗い場が狭く、浴槽も体を縮めないと浸かれない大きさ。  二人で入ったら身動き取れないねと、真っ赤な顔をした自分の顔が鏡に写る。  恥ずかしくなって、口元までお湯に浸かる。  視線は自然とドアに集中。  入って来ないと分かっていても、見てしまう。  風呂から出ると、新しいタオルと、彼のだろう、シャツとズボンが畳んで置いてあった。  体を拭き、髪を乾かすとダブダブのシャツとズボンを履いた。  彼の匂いが、フワッと香る。  私はその香りを抱きしめた。  あの男とは全然違う。  服を着て風呂場から出ると、食事が用意されていた。  鍋が小さなテーブルに乗っており、お茶碗によそられていた。  「簡単なものだけど、体があったまるぞ。 先に食べててくれ」  彼は笑顔で言うと、風呂場に行ってしまった。  箸を取って、ホカホカ湯気が出ている野菜を口に入れる。  「美味しい‥‥」  一口で心まで温まる気がした。  涙が込み上げて来た。  やがて彼が風呂から出て来た。  涙を拭いて、一緒に食事をした。    彼は天使だった。  絶望から救い出してくれた天使。  今でもそう思っている。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加