第七章

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第七章

「お礼をしたいのですが、私、料理しか自慢できるものがなくて‥‥」 「そっか。じゃあ、今度料理作ってくれるか?」 「はい!」  それから私は、彼の部屋に毎日料理を作りに行った。  残り物で明日の昼のお弁当も作った。  これがデートというなら、そうかも知れない。  まだ告白さえもしていないけど。  早く会いたい。  飛び跳ねたい気持ちを抑えて、彼の待つアパートに向かった。 「毎日夕飯作ってくれてありがとな。 料理のお礼したいんだが、何が欲しい?」  ある時、彼が聞いて来た。  思わず、妄想だった「一緒に添い寝して欲しい」という想いを口に出してしまった。  しまった!と思ったが、  彼は不思議そうな顔をして「そんなんでいいの?」と聞き返した。  気持ち悪いと言われるかと思っていたが、ホッとした。  ホッとしたと同時に、何て事を言ってしまったのかと恥ずかしくなった。  「どうぞ」  彼は布団の端を開け、優しい笑顔で私を呼ぶ。  私は「失礼します」とおかしな事を言いながら、ぎこちなく布団に入って行った。  恥ずかしいやら嬉しいやらで彼の顔を見られなかった。  そんな私を彼は優しく抱き寄せてくれた。  布団の中で卵のように丸く抱き合った私達がいた。  …どうしよう。
 心臓がバクバク言ってる。  心臓の音、聞こえてないかな。
 ぎゅっと目をつぶっているのに、ずっと眠れない。
 眠ってしまうなんて勿体ないよ‥‥。  それから料理を食べ終わると添い寝する、というのが暗黙の了解になっていった。 「俺の妹も小さい頃、お兄ちゃん助けてって、よくこうやって俺の布団に潜り込んで来たな」  ある時、彼は思い出すように言った。 「俺と妹は三つ違いで、仲が良くて。 大した事じゃないんだ、妹の頼み事は」  私は彼が話すのを黙って聞いていた。  彼はあまり自分のことを話さない。  だから一言も聞き逃さないようにした。 「学校の勉強だったり、かけっこで早く走る練習に付き合ったり、失恋の慰めだったり。 妹にとって俺は何でも出来るヒーローだったらしい」  ちょっと照れくさそうに言った。 「少年院から出る時に、返還される所持品の中に携帯があった。 俺の携帯に何件もの着信履歴があった。 妹からだ。 妹が自殺する前日のものだった。 両親は俺が少年院に入っている事を妹に内緒にしていた。 最後まで俺をあいつのヒーローにしておきたかったそうだ」  そう言ってから彼は目を伏せて、話を続けた。 「あの時、俺が少年院に入っていなければ妹を助けられたかも知れない。 留守電に『お兄ちゃん助けて』って入っていた」  彼は震えてるような声で言った。 「そして妹はあのホテルの屋上から飛び降りた。 原因は分からない。 少年院を出たらすぐここに来ようと思っていた。 妹が最後にどんな想いであそこに立っていたのか知りたかった」  そこまで言うと目を瞑った。  彼には私が必要だ。  そう思った。  私は彼をギュッと抱きしめていた。 「泣いても、いいよ」  私は彼の頭を撫でた。 「ばーか。泣いてねえよ。 心配すんな」  彼は笑って私の頭をポンポンと叩いた。
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