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第十二話
そして忙しいかな四年生が始まり、卒業論文も早めに出すことができ、卒業のめどが立った。
クリスマス前のとある日曜日。
誕生日の日、プレゼントは日曜日になと言われ、雄一に言われるままついてきた。俺たちはホテルにスーツ姿でいた。
「いいのかな?」
「いいの、いいの」
「クリスチャンじゃないんだけど?」
「そこはいいだろが、まあ神様なんていたところで、振り回されて生きてきたんだ、これくらい良いだろ?」
ハハハ祐一でもそんなこというんだな。
ドアを開けるとそこはチャペル。
「すごい、きれいだな」
「ああ、バエルってこういうことなんだろうな?」
すると、カツンと音がした、誰かが後ろから入ってきた。
「あれ?まだ?」
姉ちゃん!それに神田さんも?
「そろそろ時間なんですけどね」
するとドアが開いて神父さんのような人が入ってきた。
よろしくお願いしますという祐一。
なに?なに?
「こちらへどうぞ、見届け任のお二人もこちらへ」
前に行くと、それは・・・え?いいの?
「姉ちゃん、いいの?」
「母さんがそのほうが良いでしょうだって、感謝しなさいよ」
それは、祐一が俺の兄になったのだ。
養子縁組は、この先俺とずっといるという祐一の覚悟。
「お前かっこよすぎ」
「良いだろ、アー、鼻血出すなよ」
それより俺はぼろぼろ泣き出していて、泣き虫なんだからと姉ちゃんが出したハンカチで目を押さえた。
俺は何も聞かされていなかった。
祐一の兄弟もオッケーだそうだ。
母さんは、悪いことばかりだったからここでいい縁を取り入れたいそうだ。
そして俺たちはパートナーとして生きていくことを決めた。
汝は小林恭平を愛することを誓いますか?
はい。
汝は香山祐一を愛することを誓いますか?
誓います。
それでは指輪の交換を。
俺のほほに手がかかり、俺は、祐一を見つめた。
「お前、顔が赤くないか?」
ほへ?
「熱があるんじゃないか?」
そんなことはないと思う、それよりチュー。
「おい!起きろ!恭平、起きろ!」
起きろって何だよ、今、キス、キス?…起きろ?
ぺシャン。
「つめて!」手にしたのは、濡れたシャツ?洗濯ものかよ!
「起きたか?」
目の間にいる祐一は、ジャージ姿?あれ?俺、まっぱ?ん?下は履いてる?
まったく、大学は?今日は朝から?
ん?夢?
「休むか?」
休む?んー―――ン?おでこに手をやるとはるぴったん、そういえば体がだるい。
休みたいわけじゃないけど。
「昨日やりすぎたかな?身体は?平気?」
やりすぎ?やった?夜の事を思い出したらなんだかもっと熱くなってきた。
「はい、体温計、なんだきょうちゃん起きてんじゃん、ほら熱計れよ」
雄太から体温計を受け取った。
夢か―。と体温計を脇に入れふと見た左手。
ムフ、ムフフフ。
「兄ちゃん、きょうちゃんへんになった」
ピーという音に体温計を出すと、奪う雄太。
「ヤバ、俺退避、兄ちゃんあと頼む、おーい」
「こりゃ、インフルかも久々に見た、横になれ、寒くないか?」
なんだかうれしくて、よく聞こえてない。
介抱されているのがうれしいのか左の薬指にはめてあるのがうれしいのか?
両手を伸ばした。
抱き締め背中をたたく手。
うれしすぎて死んじゃう。
死ぬな、まだ早い。
今日は静かに寝てろ、仕事も休むと連絡しておくという祐一の左手をとると同じもの。
「大丈夫か?」
俺を覗き込む祐一がにじむ。
「泣くくらいしんどいか?」
大丈夫、薬飲んで寝る。
そうしろ、今何か持ってくる。
ドアの陰にいる人影が出ていく祐一に大丈夫と聞いている。
その声もなんだかうれしくて。
「はー、幸せだー」
外は青々した木々の葉の向こうに、つぼみがびっしりついた桜が見えている。
雄太は中学三年、裕次郎は高校三年だ。そして紅一点、理香も六年生。あっという間の四年間は、大学よりも四人との思い出が濃すぎて、笑っちゃうくらい大学で何をしてきたのかなんかすっ飛んでしまっている。
目を動かせば、スーツに袖を通している祐一の姿が眩しい。
「きおつけて」
「ああ、ちゃんと寝てろよ」
うんと布団の中から手を振った。
祐一も手を振って出て行った。
マジで幸せだ、伸ばす左手を見て出さすって、現実にある幸せをかみしめた。
そしてさっきまで一緒に寝ていたであろう祐一の匂いと布団に残る形跡を見ている。
シーンとした部屋。
家の中からも音が消えた。
俺は深く眠っていく。次に目を開ければそこにはおれの大好きな人が必ずいてくれる。
携帯の音に目を覚ました。
心配する言葉の応酬に仕事をしろと送ってやった。
気がつけば夕方。
もうそろそろ理香が帰ってくる。そうすれば又にぎやかな音がし始める。
それまで・・・。
俺は又目を閉じるのだった。
俺たちの生活パターンが変わり始めたのは大学最後の冬休みからだった。
俺はコンビニのバイトを辞め、就職先に入った。
そしてこの人が来るようになった。
「あふ、おはよ」
「おはよ、朝ご飯は?」と花柄のエプロンをつけたババア。
「食う、あー弁当」
「それはして頂戴、お味噌汁はできてるわ」
ババアが朝っぱらから来るようになった。仕事はもう、さほどしなくていいらしい。
俺はババアの仕事は服飾関係と大雑把な事しか知らなかったのだが、結構有名な会社の上役が判明。祐一たちがいなければ俺はそれすら知らないでいた。
俺たちの結婚式の後、母親に二人でお礼を言いに行ったとき、案外吹っ切れた顔をしていた。
それから、ババアは毎日家に来るようになっていた。まあ飯も作れない人だからな。
「おはよう!」
「おはようございます」
「おはよう、キョウちゃん、頭―」
はいはい。
「キョウちゃん、俺明日から弁当、よろしく」
「冬休み明後日からだろ?」
「給食終わり、いただきまーす」
「そうか、理香お前は?」
「なんとかするし」
階段を下りてくる音。
「おはよございます」
にぎやかな朝食、ババアは楽しんでいるようだ。
ただ俺はババアの悩み事なんか知る訳もなくて、それを知ったのは、その相談事を祐一にしていた、それがなんだか腹正しいものがあった。
クリスマス。
俺たちは、クルシミマスと言うその日の行事はしないことにしていた。
貧しくてプレゼントなかった祐一たち兄弟。
俺も家に両親がいなかったからそんな物をもらったためしがなかった。
ただケーキやチキンでその雰囲気を味わう事だけはしていた。
二人、電車に乗り込み、ケーキの話をしていた時に祐一がぽろっと言った言葉。
「なあ、俺が大学行きたいって言ったらどうする?」
は?
「いいけど、仕事はどうするんだ?」
通信制の大学だという、仕事もするけど、忙しくはなるという。なぜ今?
「実はさ」
俺はそれを聞いて、ムッとした。
「好きにすれば!」
「ん?どうした?」
「どうもしない!」
後から冷静に考えれば、俺はただ嫉妬していただけに過ぎなかった。
母親は会社の後釜に、祐一になってほしいと言ってきたようなのだ。
まあ俺より出来る頭だしな、経営者になれば…もう、無理ジャン!
俺の未来は、消えた、そう思った。
指輪はもはや重荷でしかなくなったように思えてしまった。
その日から俺は、祐一たち兄弟をうまく見れなくなり、クリスマスが終わると俺は家に帰らなくなっていった。
それに敏感だったのは理香だった。
「ただいま」
「祐一、お前、キョウちゃんに何を言った!」
腕組みをして俺の前に立つ妹。
「何かあったのか?」
「あったじゃない、二日も帰ってこないのに、何で心配しない!」
「仕事だろ?これから増えるんだ、仕方ないだろ?」
「嘘だ!祐一はキョウちゃんの事どうでもいいんだ!」
「なんだとー!」
唇をかみ、ものすごい形相で睨む理香。
「私、キョウちゃん探してくる、見つかるまで帰らないから!」
「おい、理香!」
もう、とそのまま外へ飛び出した妹の後を追う。
だが俺は、弟たちに電話をしながら理香の後を追い、見失った。
そして、恭平に電話を…は?
電話は使われていないという案内が流れた。
おかしい?会社に電話をすると本日の業務は終わりましたという案内。
俺はこの時やっと理香の怒った顔に何があったかを物語っていることに気が付いた。
「もしもし―、うん、恭平?さー、え?電話が切れてる?うん、わかった」
何やってんのよ。
私の所に祐一君から電話が来てすぐにインターホンが鳴った。
そこに立っていたのは泣きはらした理香ちゃんだった。
その頃俺は。
「ごめん」
「いやいいけどよ、なに、家出?」
「ハハハ、就職決まったら家おんだされた」
「まじかよ」
大学のダチの家に転がり込んでいた。
お姉さんから電話が来て、理香が来ていること、そして話を聞かせるからと、電話越しに二人が話すのを聞いていた。
理香の話は三日前のクリスマスの次の日の夜の事だ。
夕飯はいらないと部屋に入ってしまった恭平。心配した理香は部屋をのぞくと旅行にでも行くのか大きなバックに何かを入れていた。
次の日の朝、起きるともう出かけたという叔母さん。
朝ご飯も食べず弁当も作らないで出て行ったという。
そして、恭平の部屋に入るときれいに片付いていた。
元々綺麗ではあるけど、変な感じがしたという。
「でね、これがあったの」
掌には指輪。
「喧嘩でもしたのかな?」
理香は違うって言ってこう言い始めた。
「キョウちゃんはね、見ず知らずの私達のために仕事をしたの、お兄ちゃんには内緒なって、祐一には黙ってようなって、いっつも私たちの事を心配してくれてたの」
泣き叫びながら、恭平が理香たちにしてくれたことを俺は四年たってやっと知った。
学校の行事の参加、学校以外で使うお金、服、靴みんな恭平が買ってくれた。
それに、仕事は、時間が短くていっぱい稼げるんだって残業も何もない会社だっていうのに。お兄ちゃんは、仕事で忙しいって。バカにすんな、お兄ちゃんは毎週休んでるのに恭平は休みなんかなくて!恭平の事好きでも何でもないんだ!アイツは死んだお父ちゃんそっくりだ!
それに俺はドキリとした。
死んだオヤジそっくり?
そのとき知った。理香は恭平に母親を重ねていた。
胸が痛かった。
「でも何があったのかしら?」
三日前。俺は思い出していた。
「まさか?」
俺は電話を取り、大きな声でお姉さんに話しはじめた。
「バカかアイツは」
でも俺に大学に入るのなら手を貸してくれると言ってくれた、それがなぜ?
「それで指輪を置いて出て行ったのね、祐一君、家に帰って、理香ちゃんは連れていくわ、仕事はやめていないと思うから、こっちは任せて、それと…まあいいか、行ってから話しましょう」
そう言われて電話が切れた。
俺は家へ向かった。
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