第三話

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第三話

Side祐一 「はーっくしょい!うわっ」思わずスーツにかかりそうになって変な動きをしてしまってこけそうになった。 「すげーな、風引くなよ」 「はー、日中暑くて、これから寒くなると冷えますね」 「面倒でも着替えないと、社内で又汗かくぞ」 「はい!はー、はー、はくしょん!」 かばん、かばん。 中からテッシュを出した。 香山、何だそれ? ポケットテッシュの入った布でできたケース。裏には小さなビニル袋が入ったポケットが付いている。 「ああこれ、こっちにゴミが入れられるんです、ポケットに入れて怒られて」 「へー、そんなの売ってるのか?」 「作ってもらいました」 「彼女か、良いねー」 ハハハ、彼氏とはいえないか? 今日は上司と取引先を回っている。俺は来年、外回りが増える、その練習のようなものだ。 名刺にスーツ。そして、かばん。なんだかすげー大人になったような気がする。 懐かしいな、高校三年間お世話になったスーパーに来ている。 店長さんは移動になって、今、副店長さんが店長になっていた。 懐かしい話、知っているパートさんたちがまだいる話をしていた。今俺の弟がバイトに来ているその話もした。もちろん仕事の話もだ。 帰り際、店長さんにこういわれた。 「香山君が来たからかな?ほら、同級生の恭平君?元気にしてるかな?」 ええ、元気ですよ? そうか、君を見たら、木村が捕まった日のことを思い出してさ、あの日も夕方からすごく寒くなったんだよね、まあ、風邪引かないでね、がんばって。 ああ、そんなこともあったなと思いながら頭を下げて出てきた、後一件回って社に戻る。 外に出ると、風が冷たくて、又くしゃみがでそうだった。 高二の秋、そういえばあの日の朝は、ものすごく寒かったんだよな。 その日、恭平が学校を休んだ。 連絡が付かないと騒いでいた俺。 うちの高校は、生徒が無断で休んでも知らないふり、どうでもいいところがある。 でも俺たちのネットワークで、どうなってる?連絡なしだってよ、なんて、誰かが教えてくれていた。 昨日、あいつは、バイト先の木村さんと出かけていったのを見ている。 それから帰っていないのか?腑に落ちなかった。 木村という上司は嫌いだった。 何かと恭平にちょっかいをかけるくせに、俺のほうを見てはニヤニヤ笑っている。 バイトの先輩たちは相手にするなと教えてくれたけど、恭平は、わかってるといっていたのに。なんか夜、出歩いてて、学校では寝てばかり。俺とも口利かないし、飯も今じゃ、作ってくれなくなった。避けられてるのはなんとなくわかったけど・・・。 恭平の甘めの卵焼きに、ほうれん草とかブロッコリーとか野菜が入って好きなんだよな。 恭平と仲のいいのにラインをしてもらった、俺だけじゃでないと思ったからだ。 おかしい、既読に何ねーし、でねえ。 「だろ?サンキュー、家に行ってみるよ」 「おう、なんかあったら、くれ」 スマホをあげていったダチと別れた。 先に家に行ったが誰もいない。声も掛けたがしんとしている。こんなときは、お邪魔しますよ。 スペアは玄関の脇上、背の高い恭平だから置ける場所は、誰も取れない、簡単に見つからない。 「恭平?いないのか?」 ドアを開けながら入っていった。 いない、でもおかしい。 何かがおかしい。 俺はリビングに行き、それを見た。 ソファーに脱ぎっぱなしの制服、かばんは見えない奥にあった。ということは、昨日の夜帰ってきて着替えて出て行った? 俺は、もう一度恭平の部屋に行き、引き出しを開けた、ない、あいつのお気に入りのチョーカー。 スマホがなった。ダチ。 「アー、うん、昨日一回帰ってきてるわ、うん、バイトでさ、頼むよ」 俺は部屋を後にした。 そしてバイト先にも来ない。 「まったく、木村は!」 「来てません、連絡なし」 そういえば、小林、木村さんに肩を抱かれどこかへ行ったのを見たな?といった人。 近くにいた先輩に、木村さんの事をそれとなく聞いた。 「あの人やばいんだよな」 やばいって? チャラそうな子をみつけるとさ、自分のテリトリーに引き込んじゃうって言うかさ。なんかやばいことしてるのか、その後決まってバイト、やめちゃうんだよな。 まさかがよぎった。 俺は店長さんに相談した。 すると、休んでいるアルバイトは恭平だけじゃないことがわかった。 木村さんの無断欠席と、やめた子達の休みを合わせる店長と副店長。何度もあったからこそ、社員の動きを把握していた。社員に声をかける店長。木村さんの場所がわかったというので出て行こうとする店長たちに頼んで付いてきた。 時間は三時半、五時までには戻ってくると店を飛び出した。 仲のいい友達を装い、木村さんに呼び出された人。 ここか? 回りは歓楽街で、人通りも多いのに、裏へ行く途中の普通のビルの地下へ伸びる階段。 私が見てきます。俺も行く。副店長と二人で入っていく。俺もと言ったのを店長に止められた。 外はまだ明るく、店はやっていないのか、外の看板は電気が入っていない。 副店長がすぐに出てきた。 クローズになっているのに大勢の人がいる。警察を頼みませんか?人数が多すぎます、制服の女の子もいます。もう一人も出てきて、なんだかすごくて中に入るのが怖いですといい始めた。 店長が警察に電話をしているとき、誰かが階段を上ってきた。 やばい、こっちと引っ張られたけど、俺は、スマホをカメラにして階段を上から撮ろうとしていた。 ふらふらとした足取りで、あちこちぶつかり、手すりのない階段をはうようにして上ってくる。 ため息のような、ふーっというこえが恭平に似ていた。 「恭平?」 止まった。上を見ようとしているのがすぐに恭平だとわかると走り出していた。 「恭平!」 「らー、ら、しゅ、え、て」 ろれつの回らない声と、青ざめた顔を見てぞっとした。 「助けに来たぞ、帰ろう」というとひざからがくんと落ちそうになってみんなが支えてくれた。 「んー」 「恭平、しっかり!」 「小林君?小林君しっかり」 「ゆいち、らす、けて」 「ああ、助ける、助けるから」 すぐに警察、救急車が着たが、俺はタクシーで店長さんと恭平を家に運んだのだった。 そうだ、あれは大きな事件になって、木村は捕まったんだよな。 あれから、恭平は俺に誤るばかりで、それ以上のことは言わなくなって、まあ、俺も忘れるというより、自分のことで精一杯になっていったんだよな? 俺は電車に映る今の自分の姿を見ながら、高校の事を思い出し重ねていた。変わり行く外の風景は俺たちが大人に近づいている証のように見え、この先どんなことが起きるかなんて考える暇もなくて、毎日が金になるだけならと必死で走ってきた。外を眺めながら、今晩のことを思い出し、何をしようかとふと考えていた。 ※ 「小林君、坂本君、外に行きます、支度してください」 はい! 俺は国家試験を合格して、この仕事に付いた。入れ歯を作る仕事だ。 何で入れ歯なんかと思うだろう? 実はオヤジに殴られて歯を折ったんだ。そのとき親身になってくれた歯科医師さんにこういう仕事があるんだと聞いて、興味が出た。 大学に行くなら、歯医者でも良いな、なんて思っていたけど、案外俺にはこっちのほうがあっている。 坂本君は大学が違うし、彼は、こっちで技術を磨いて、地元北海道で仕事をするのが夢なんだそうだ。 職場は結構年齢層が広い。 契約している病院へ行き、そこから委託されるから人は多いんだ。 まだ、下っ端だから覚えることが多いしね。 そして、なんだかんだ言いながら俺にはこの仕事があっているような気がしていた。 寝台に横になる人。 「お待たせしました、それでははじめます」 ガーと音を立て、寝台がフラットになる。 俺たちはその後ろから先生のすることを覗き込む。 その顔を見てぞっとした。 こいつ? そう忘れもしない、あの男が目の前にいる。 横にあるカルテを見た。 住所を見て、結構遠いところから来ているのにほっとした、もう会うことはない。 「坂本君、こっちへ回りこんで」 「はい」 そうだ集中しないと。名前を言われたら一環の終わり。集中、集中。 そして治療が済み寝台が椅子になる。 「では型取りが終わりましたので又一週間後お越しください」 患者は、立ち上がると、ありがとうございましたといって出て行った。その様子を、後ろの大きな鏡で見ていた。 「喧嘩ですか?」 あごにひびが入って、それが完治してから来た、当たり所が悪くてインプラントでは無理。入れ歯になる。 喧嘩か。ざまーねーな。 「ハイこれ、頼んだよ」 「はい、ありがとうございました」 俺たちは会社、ラボに戻り、歯の型、先生の指示書きのとおりに入れ歯を作っていく。 なんだかふけた、間違いない、木村だ。俺が大人になったような錯覚をした場所へ連れて行き、つかまったはずだ。 高校生だったのを隠れてバーに入って、初めての経験をした。もう二度と会うことはないと思っていた。 一応確認は取った、上司にはなにがあったか聞いてもいいかなといわれ、高校二年のときに、無理やりお酒を飲まされたことがある話をした。彼は未成年を大勢集め、金をむしりとるようなことをしてつかまったと。 俺も知らないとはいえ、断れずほいほい付いていったことを反省しているというと。 「それなら大丈夫です、もう小林君は繰り返しませんよ」 それと仕事は別ですからね、といわれ仕事に戻った。 「どうかしたの?」 俺はちょっと頼みごとと言いながら上司の部屋から自分の席に戻った。 「なあn部屋って知ってる?」 「ああ、韓国で起きたネットで女性を監禁するってやつだろ、こえ―よな、金巻き上げて、男の言いなり、でも捕まったんだよな」 「もしもそれ、男も被害者になってるとしたらどう思う?」 「男か―、女みたいな男もいるからなー、それに気が弱そうなのはカツアゲと同じで、何か弱みに付け込んで…まさか、恭ちゃん?」 俺じゃないよ?それに俺そんなの見てないし。ちょっとさ、この間テレビで再現しててさ、みちゃったよ。 俺もよく知らないけど、男って、悲しいよなー、いじめもそうだけど、人を食い物にするのってわけわかんねえ。 だよな。 仕事を終え、駅からの道を歩いていた。考えたくなくても浮かんでくる、俺も被害者。忘れろと言ってくれた祐一。 あんなことを思い出したからかなー。 「神様の意地悪」 「お疲れ様」 ドキンとした。帰り道、後ろから声を駆けられ振り返ると祐一の弟、裕次郎が袋を重そうに抱いていた。声が似てきた。 「お帰り、米、持つよ」 彼は、高校時代俺たちがいたバイト先にいる。俺達のことを知っている人が多くて優遇されているらしい。今日もいっぱいもらってきたとホクホクだ。 太ったか? 背が伸びたんだとうれしそうだ。 早く帰って飯だな。 今日、兄ちゃんが来たらしいよ? へー、営業か、大変だろうな。 ねえ、ねえ、お弁当の中身、混ぜご飯、又してほしいとリクエスト。じゃあ来週な。と楽しい話で家に帰った。
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