第六話

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第六話

 あれから時は過ぎ、俺は大学三年となった。 「起きろ!時間だぞ!」 「うわー」 「おはよ」 「ふわー」  平日、祐一の前働いていた集配所は少し遠くて、六時には家を出ていた、仕事は16時に終わるが、なかなかブラックみたいだ。集配は15時で終わるのだが、その後、各店からの仕入れや、伝票処理、などなどで、結局終わるのは19時、帰ってきて20時、寝るだけとなる。   俺もそんな風になるんだろうなー。  土曜日、その日は、祐一にはゆっくり寝てもらう日だ。兄弟で決め、二階の一番静かな部屋にいる。  兄弟もゆっくりとおきてくるが、次男だけは普通におきてきた。アルバイトに行くのだ。  裕次郎も兄貴に似て、文武両道。でもやっぱり金のことを心配しているのか、兄と同じでまじめなんだよな。俺らの後輩、高校二年になった。 そして。 「雄太おきろ、部活じゃないのか!」 「やばい!二度寝した!キョウちゃんサンキュー」 こいつは三番目だからか、わが道を行くタイプだな。中学一年になった。  三年もたつと祐一も部署がえ、移動になり営業職となった。遠かった営業所が今度は近くなった。一時間、それはもう余裕ができた証拠なのか、ゆっくり眠れると飯は兄弟で取ることもできるようになった。今はまだ寝ている。  親父は、姉ちゃんのいうことは聞く、というか俺はいらないものと認識されたからな。でも電話で話すことはなく、ほとんどがラインやメールのやり取り、声さえここ数年聞いていないと言う。金は入ってくるのであれば、貸すことになんら問題はないということで、俺は念願の同棲、いや、いや同居を始めることになるのだ。  下二人は小学校だけは遠くなるということで転校することになってしまったが、案外気にしていないようだ。 同居してから二年がたったが親父の車すら見ないし、帰って来た様子もない。離婚せずよくいられるな。  姉に聞いた話だとどうもオヤジからの金は、ほとんど入っていなくて、ババアの稼ぎだけで俺たちは学校へ入ったらしい。 大学の金だけは、一応出してもらってはいるが細かいことに関してはあのくそオヤジは関与していないそうだ。   何で離婚しないんだ? したくてもできない、オヤジが書いてくれない、それだけなんだそうだ。だから俺はバイトに精を出した、家があるだけでもありがたい、そう思えって言われてね。  祐一の兄弟も、案外父親の死に対しては、さほど深く落ち込んではいなかった、ただ母親がいなくなった、これだけは心配するちびたちがいた。  冷蔵庫を見てため息の理香。 「どうした?」 予定表を指差す。今晩はアイツは飲み会で出かける。夜は裕次郎だ。だが指したのは明日のところ、兄祐一の文字。 「ねえキョウちゃん、明日の晩は私がする」 良いけどどうして? どうしてって、まずいんだもん。 兄貴の飯は壊滅的だ。 そうか? え?と驚くような声。 「できないから一生懸命作るのだけはほめてやれよ」 「良かったーキョウちゃん舌がおかしいのか思ったー」というのだ。 「よく兄貴の食えるよな、おいしいって言うのキョウちゃんだけだぜ」と言っていた雄太だが、そんなにまずくはないと思うけどな。 そう、こいつらの母親は料理がうまかった。裕次郎に言わせれば兄は、子供のころからお金を手にすることばかりで、いろんなことをしていたようだ。だからかどうかはわからないけど、あの何でもできる祐一が料理だけはできないのだ。 だから俺の作るのをおだてて作ってもらっているのかと思っていたが、弟たちが言うように、壊滅的なのは作り方を知らなかったからだけなのだ、今じゃ、スマホ片手にいろんなものに挑戦している。  出会った時き、裕次郎だけは、学校統合のため、少し遠くなった中学に通い続けていた。あの時は受験の追い込みで、学校で勉強していた。それが今度は弟だ、来年、大丈夫かな? 「はい弁当、忘れものないか?」 「ない、先いく、いってきます!」 「何時もすみません」 「もうそろそろ敬語ナシでもいいんじゃないか?」 「いえ、何時も良くして頂いているので」 「兄貴そっくりだな」 「・・・すみません」 「誤り癖直せ、いいことないぞ」 「す、はい」 鼻で笑い、行ってこいと送り出した。 ガシャンと言う音は、雄太が俺の自転車を使っているせい。俺は体を動かす意味でも歩くか走っていくようにしている。 「キョウちゃん仕事?」 俺はまだコンビニで働いている、土日だけだが、朝七時から夜八時半まで、入れている。 「理香、飯できてるからな、昼でっかい兄ちゃんにちゃんと食べさせてくれ」 「はー、ま、いいか、いってら」 「おう、いってくる」  祐一とはすれ違いだけど、俺はあいつの寝顔や、疲れて帰ってくるのを支えてやるだけで良いと思っていた。 俺もゆっくりしてられない、やば、いそげー!  これが土曜日の朝の事だった。  夜、家の前に着いた車の音、そしてにぎやかな人の声、帰ってきた祐一は酔っぱらっていた。 二階に運ぶと、甘えてくる祐一、これも初めて見る姿。 俺はそんな祐一の世話を焼きながら、幸せを感じていた。 日曜の朝。 「いってきまーす」 「いってきます」 裕次郎と雄太を出して俺も三十分後に家を出た。 「後頼むな!」 「はーい」 ドアを開けると、隣の玄関に立つ女性。 「あ?」 「どちらさん?」 え?ときょろきょろと見ると香山さんのお宅ですよねといった。 じりっ。 胸のおくにやけどしたような痛みが走った。 「・・・違います」 「え?でも」 胸の奥がムカッとした。 ドアを閉めた。 もぞもぞしている子。 「なに?」 女は昨日の飲み会で、香山がここでタクシーを降りたからといったのだ。 「ストーカー?」 「違います」 「ちょっと良い?」 ここは人んちだから少しはなれたところで話をしたいと彼女を家から離した。 「香山はあんたに家にくるように行ったのか?」 首を振った。 「じゃあさ、悪いんだけど、そっとしてやって、あそこは他人の家で、あいつら肩身の狭い思いして借りてるんだ」 「え?そうなんですか?」 ん?  仕事場で香山はすごい落ち込んだときに助けてくれた人だからって。わらって話していたという。 それで? 何時もおいしそうなお弁当を持ってくるのを会社の人がからかって、恋人がいるんじゃないかって行っていたら、そうなんですって言うからどんな人なのか見にきたというのだ。 それがめちゃくちゃうれしかった。 でも冷静になる。 「ストーカージャン」 違います。 そのときだ、恭平。 その声に振り向くと姉ちゃん。 「あー、あのひとこれだし」 小指を上げると、彼女は、俺に頭を下げて行っちゃった。 まあ、後で口車、合わせておけばいいか? 「帰り、買い物よろしく、彼女?じゃないわよね」 「祐一のストーカー、姉ちゃん彼女だって行ったら逃げてった」 「フン、それくらい、任せろ」 「なんだかこのごろ休みのたんび帰ってきてない?」 「かわいい兄弟たちができたのよー、ああ、こうしちゃいられない、着物探しに着たんだ」 着物?何するんだよ? 753だという。753?誰が? 子ども会のイベントらしい、そんなのあるのか? あったはずだというのだ、まあいいか、理香、がんばれ。ってもう九歳じゃね?  だいぶ歩いてから気がついた、そっか、女の子がいるからババア、ふーん、まあいいか。  俺もなんとなくだが、親が一生懸命働く意味をなんとなくかみ締めていた。学費だけじゃなくて、衣料、食事、病院代と、いろいろ出て行くものが多い。 それに祐一は社会人二年目で、あいつらの親代わりだ。会社から天引きされるのが多くて、俺に土下座をした。 「頼む、ちゃんと返すから光熱費、待ってくれ」 気にするなって言っても無理だよな。俺も手伝うから、無理するなというと泣きそうな顔をした。長男だし、いろんなことを考えて、みんな背負い込んで、大変だよな。 「誤るなー、できるところからやっていこう、まずは節電」 「ん、だな。見てくる」  母親も、子供を捨てていったというので、籍をはずしたかったが、祐一が未成年だというのでそれはできなかった。 18になれば大人の仲間入りだと思っていたが、世間は世知辛い。それが二十歳になったんだ、俺も大人だ。 「やば、時間」  俺は稼げるだけかせいで祐一の手伝いをしなければ。 でも、足が止まった。 「やっぱり女には負けるよなー、ハハハ」 とぼとぼと、今が幸せならと、バイト先へと向かったのだった。
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