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たとえばそれがエプロン姿じゃなく割烹着だったとしても、または愛想の良くないオジサンだったとしても、若菜は大して驚かなかったはずだった。
ところが、目の前に立つ店員は見上げるくらいに背が高く、さらさらの髪を真ん中ほどから分けた若い男の人だった。真っ白な厨房着の上に黒いサロンエプロンを着け、オシャレなカフェにぴったりだ。
しかしここはオシャレなカフェというよりも、地元民に愛されているような食堂だ。
ガラ空きの店内と、戸惑った店員の様子から、一瞬
『入ってはいけなかったのかもしれない』と思った。
「ごめんなさい、間違えました!」
お辞儀をして店を出ようとする若菜を、
「ああっ、ちょっと待ってください」
若い店員は慌てて引きとめた。
「すみません。あんまり暇で…いえ、お客さんが来ないうちに、まかないでも作って食べちゃおうと思ったところで」
「まかない…ですか」
店員がちらっと視線を向けた横のテーブルに、木製のトレーが置かれていた。
絵本で見たことがあるような、絵画みたいな料理に目を奪われた。
緑はレタスやブロッコリー、赤はミニトマト。その上に生ハムがヴェールのように掛けられ、それらが花冠のように皿の上に円を描いている。
ど真ん中の半生色の卵黄が光を反射させ、キラキラと揺れているようだ。
これがまかない?
じっと一点をみつめる若菜に、
「良かったら召し上がりませんか?」
と、店員は誰もいないその席を若菜に示した。
『いいえ、そんなわけにはいきません』
そう答えるつもりが、
「いいんですか?」
と言ってしまい、顔から火が出るほど赤くなった。
実際には汗が吹き出していた。走ったせいかもしれない。
「ぜひ感想を聞かせてください。お金はいりませんから」
笑い顔が犬のような人だった。パグでもフレンチブルドッグでもない、少し垂れ目な犬。
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