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勧められるまま、椅子に腰かけてしまった。
せめてドリンクぐらいは注文しようと、若菜はメニューブックを見てから厨房に声をかけた。
「あの…カフェラテをおねがいします…」
そして、皿の上の芸術作品に目を落とす。
じっくり見ると、水菜やパプリカ、細く千切りされた人参、まるい輪っかの紫たまねぎのスライス…と、いろんな食材の色彩がちりばめられていた。
その下には、わかりそうでわからない布みたいなものが敷かれていた。
もちろん布ではない。
クレープみたいで、もっと薄暗い色をした生地は、大きめの白い皿からさらにはみ出すほどの大きさだ。
端っこを指でつまんでみた。
食べればパリッとしそうな感触だった。
「ガレット、っていうんだけど、知ってるかな」
コーヒーと牛乳の、二層からなるカフェラテを若菜のテーブルに置く。
「ガレット…って、なんですか?」
「フランスの郷土料理で…薄くてまるくて…」
「クレープとは違うんですか?」
「クレープ…。そういわれると、よくわからないなぁ。蕎麦粉のクレープ、って感じなのかなぁ」
目を宙にさまよわせて首をかしげる仕草も犬みたいだ。
「蕎麦粉のクレープ、ですか」
言われてみれば蕎麦の色だった。
「まるく焼いて、四角く折ってあるんです。冷めないうちにどうぞ」
そう言って厨房へ戻る長身の店員を目で追うと、奥からはその店員以外の音や気配が感じられない。どうやら一人で営業しているらしい。
「いただきます」
まず、ナイフとフォークで端っこの生地を一口大に切り取った。
口に含むと、普段食べている蕎麦よりも蕎麦の味がした。
今まで食べていた蕎麦は、本当に蕎麦だったのかな、と思うほど蕎麦の味だった。
いや、そもそも蕎麦の味って、どういうものか知らなかったような気がする。
次に、花冠のような芸術部分にナイフを入れる。
生地と野菜、生ハムを一口におさまる大きさに切ってまとめると、口に入れる瞬間、透明のドレッシングに粒マスタードが混ざっているのが見えた。
「!!!!」
さっきは感じた蕎麦の味は、生ハムの塩気と野菜の個性を邪魔しない。
ドレッシングも香りは強いビネガーだが、それほどの酸味はなく、まろやかだ。
見た目だけじゃなく味にも感動し、若菜は隅に置いたメニューブックをもう一度開いた。
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