かめりあ食堂

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かめりあ食堂

 寄り道の理由は、ケーキの予約だった。  部活帰りの土曜日のお昼時。  観光客でにぎわう荷之岩(にのいわ)温泉通りの、少し縁起の良い名前の和菓子屋は、ケーキも美味い。  和菓子のみ並べられたショーケースの隅っこに、ひっそりと『バースデーケーキ承ります』の貼り紙がある。  吉井家のお祝い事は、いつもここのケーキと決まっている。来週迎える自身の誕生日用に希望通りのケーキを注文し、歩きながら注文票の控えを財布にしまうと、近くから低いうなり声が聞こえた。 「ん?」  なんだろうと思い、その目で確認する猶予もなく犬は吠えた。  ハッとして、視界に入るその犬がパグかフレンチブルドッグか区別がつかないうちに、若菜は全速力で走りだした。  小さな橋を渡り、人混みを避けて小路に入ると、観光客が通らない静かな住宅街に逃げ込んだ。  犬は楽しんでいるように、一定の距離を保ちながら、逃げる若菜の後を追い掛ける。  通学用のローファーが走りづらく、若菜は立ち止まって追い払おうとした。 「ほら、あっち行って。シッ、シッ」  犬は尾を振り、嬉しそうに笑っているようにも見える。  噛んだりしないだろうなぁ、なんて思っていると、自分が今、食堂の狭い駐車場に立ち止まっていることに気付いた。  振り返れば、入り口に『営業中』の札と、メニューらしき看板が目に入る。  犬が興奮しないよう、一歩一歩後ずさりしながら建物に近づき、あと二・三歩のところまで来ると、若菜は犬に背を向けて、一気に店の引き戸を開けた。  思った以上に勢い良く滑る引き戸が、乱暴な音を立てて開閉した。  閉めた戸の、すりガラスの向こうに犬の影が薄く映る。 「はぁ、助かった」  若菜が安堵のみの状態で店内を向くと、静かな店内に客はおらず、目の前の店員が驚いた顔で立っていた。 「あ…」 「あ…」  お互い気まずそうにした後、 「…いらっしゃいませ…」  店員はとりあえず笑顔を作ってみせた。  外観のイメージから、エプロンに三角巾のおばさんが愛想よく迎えてくれると思い込んでいた。
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