2人が本棚に入れています
本棚に追加
「いいよ、おじさん。あたしが行くよ」
役人に働き手を取られることは、どこの家にとってもありがたい話ではない。
報酬が出るわけでもなく、入山そのものは一日とはいえ、行き帰りでさらに五日は家のことができなくなる。
明蓮としては、そろそろ自分の番だという気持ちがあった。
沐全がいやな笑顔で言った。
「当日は私も監督で行くからな、私の不名誉になるようなことはするなよ」
明蓮と同年代の沐全はくるりと背を向け、待たせていた馬車へと歩き去った。
馬車には最近結婚したばかりの夫人の姿がある。
結いあげた髪にはかんざしが光り、耳には貴石が下がり、絹衣をまとっている。
男とほとんど変わらない野良着姿の明蓮をわざとらしく眺めると、夫人は勝ち誇ったように微笑んだ。
沐全が乗りこんで夫人を抱きよせると同時に、馬車はすぐに走り去った。
隣人が吐き捨てた。
「あの野郎、明蓮に振られたからって腹いせか」
沐全に求婚されたのは、ほんの三か月前のことだ。
つりあわない、財産もない、と固辞したのだが、器量よしで働き者なところが気に入った、と押し切られた。
しかし、すぐに彼の狙いはわかった。
遊び好きで女好きの彼は、お飾りの妻に面倒事すべてを押しつけるつもりでいた。
最初のコメントを投稿しよう!