神花秘話

1/15
前へ
/15ページ
次へ
 禁足地(きんそくち)として庶民の立ち入りがきつく禁じられるその神山(しんざん)には、年に一度たった一日、神界の花が咲く。  人の世のものならぬ神界の花は、ただ美しいだけでなく、錬丹術(れんたんじゅつ)の材料として万病を治し不老をもたらす薬となる。  この貴重きわまりない花を確実に採るために、花が咲く中秋の名月の日ばかりは、里ごとに割りあてられた人手が一斉に入山する。 「うちの里からは、おまえに行ってもらうのがよさそうだな、明蓮(めいれん)」  近辺の家々のまとめ役である里長の沐全(もくぜん)は、皆が集まるなり、いきなり指名した。  明蓮本人は、黙っていた。 (やっぱりね)  どこかでこうなることは予想していた。  しかし集まった他の里人たちは一瞬ざわつき、視線を交わした。  この手の労役に駆り出されるのは、ふつう男と決まっている。  女でひとり暮らしの明蓮は、世帯主としてこの場に顔を出す義務があるとはいえ、あくまでも名目上のものという暗黙の了解があった。  首をすくめる里人たちのなか、明蓮の隣人がおそるおそる声をあげた。 「あのぅ、ですが里長、女の明蓮をあんな険しい山へ行かせるのはどうかと……」 「明蓮もこの里に家を持つ者だぞ。しかも仕事は山草採りだ。ちょうどいいだろう」  沐全が切り捨てるように言い、明蓮も隣人を止めた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加