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「照明が一番楽そうじゃない?」
黒板に書かれた文化祭でやる演劇の分担を見て、加奈が言った。
だね、と周りにいた皆も頷く。
「優香は?」
と加奈に聞かれ、
「あたまえじゃん?照明いいね」
ともちろん私も頷いた。
「決まりだね」
ニッと笑みを浮かべ、加奈が手を挙げて申告すると、実行委員の人が黒板に【白山優香】と私の名前、皆の名前を書いてくれた。
音響とか、進行とか、楽そうに見えるやつばかり、じゃんけんやらで埋まっていく。と同時に面倒な役割の押し付け合いが始めり、沈黙が長くなる。
まだ誰の名前も書き込まれていない【主演】の文字が目についた。
【主演】なのに、皆、目立つのが嫌で誰も手をあげようとしない。
私は演劇が好きだった。
本当はやってみたい気持ちもあった。
高校受験が終わった後、お母さんと見た演劇に感動して、高校に入ったら絶対演劇部に入ろうと思ってた。私もあんな風にやってみたい。自分があんな風に誰かを演じられるとしたら、どんな感じなんだろう。
わくわくしながら、入学式を終え、部活案内の冊子を見てがっかりした。
この高校に演劇部はなかったのだ。
【主演】かあ。
でも、面倒くさいし、変に目立つのはごめんだ。照明で何事もなく、楽しくやれればそれでいい。自分にそう言い聞かせていると、
「俺、脚本やりたい」
と凛とした声で我に帰る。
白くて長い腕を伸ばし、手を挙げたのは、恩田だった。
「え、恩田くん、あんなめんどくさそうなことするんだ。恩田くんがやるなら、私も一緒にやろうかな?文化祭準備期間眼福じゃん」
冗談めかして、加奈が小声で言った。また馬鹿なこと言ってる。
「いいよねー。あんなのが幼馴染なんてさ。文武両道のイケメンくん」
「どこが。無愛想だし最悪だし、別に何もないよ。ただの腐れ縁。それに最近サッカー部も辞めたんじゃん。文武じゃないよ。文だよ」
そう言えば、随分急に辞めたらしい。
小学校からずっと続けていて、確か府の選抜に選ばれるくらい上手かったはず。親御さんも熱心だったので、この間お母さん伝いで聞いて少し驚いたことを思い出す。
「文だけいいじゃん。十分十分。モテてるから。結果が全て。でもあれだね。恩田くんってやけに鋭いところあるらしいよね。それはやかも」
加奈が芝居がかったように顔をしかめる。
「鋭いところ?」
「知らない?なんかねえ、嘘とかすぐに見抜くらしいよ。言い訳が全然通じなくてめんどくさいんだって」
めんどくさいのは昔からだけど、そんな鋭い男だっただろうか。
はてと首を捻っている間に、もちろん他に脚本をやりたい人はおらず、脚本はあっさり恩田に決まっていた。
結局【主演】だけは決まらずに、今日のクラス会はお開きになり、終会を終えた。
椅子を机に仕舞う心躍る音が教室中にこだまする中、さあ帰るぞというところで、恩田が私とすれ違う瞬間。
「嘘つき野郎」
そう吐き捨てるように言った。
「はあ?」
久しぶりに口を聞いたと思ったらなんだ。
私は何を言われたのか全然理解できなくて、廊下に出る恩田の背中を見るけれど、何事もないみたいに恩田は帰っていく。
悔しくて、恩田を追いかけて渡り廊下で引き留めた。
「なんなのいったい?」
肩で息をしながら、私はほとんど怒りをぶつけるみたいに言った。周りを行き来する他の生徒の目につくのが嫌で、恩田に近づく。
「なにが?」
なんでもないみたいに、恩田は目を細める。
「さっきの。嘘つき野郎って言ったでしょ」
イライラする。何が『なにが?』だ。
「その通りだろ?」
「どこが?嘘なんてついてない」
「ついてた。さっきのクラス会で」
「はあ?そもそも恩田と喋ってないじゃん」
「俺にじゃない」
「じゃあ、誰に?」
恩田は、小さくため息をついて、
「白山にだよ」と言った。
「本当はやりたいんだろ。主演」
それからそう続ける。
どうして?
どうしてわかったのだ。
私は思わず口に手を当てた。
「自分に嘘つくなよ」
諭すように恩田が言う。
「なんでわかったの?」
驚いて、まずそう聞いていた。
「俺、人の嘘が見えるようになったんだ」
何でもないことのように恩田が言う。
「見えるって...?」
「嘘ついてると、本音が聞こえるんだ。主演、やってみたいなあって聞こえた」
なんでも見透かしてるみたいな顔。
図星を突かれたことに、気恥ずかしくなって、「嘘だ!」と声を荒げた。
「そんなの思ってないから。余計なこと勘繰らないで。主演なんて、めんどいし、目立つし。失敗したらカッコ悪いだけじゃん」
恩田はふと笑みを浮かべる。
何が面白いんだ。
「この力にさ、気づいた一番最初の嘘は、自分の嘘だったんだ」
「恩田の?」
「うん。俺ずっとサッカーやってたじゃんか。でも本当は嫌で仕方なかった」
「うそ?あんなに毎日やってたのに?」
「なんか、そういう空気だったから。家族も、周りも。でも全然楽しくなかったし、ずっと辞めたかった。そしたらさ、頭の中で俺の声が聞こえたんだ。『辞めたい』って。すごい大きな声だった」
なんであんな急に辞めたのか不思議だった。
「だから、あんな急に辞めたんだ...」
恩田がそんな風に思ってなんて、ちっとも知らなかった。
「うん。今は脚本家になりたいなあと思って、勉強中」
「脚本家...。いいじゃん!捻くれてる恩田にあってるよ」
「一言多いなあ」
「褒めてるんだって」
「白山さ、俺が脚本家目指すって変だと思わないんだ?」
「えなんで?全然。かっこいいじゃん」
「俺が文化祭の演劇で脚本書くのは?」
「キモいっていいたいけど、どうせバレるなら本音で言うと、楽しみ」
私が即答でそう答えると、今度は噛み殺すように小さく声をあげて笑う。
「何よ?」
「俺も、白山が主演やるなら、同じ風に思うと思う」
「あ」
思わず声が出た。
主演なんて、めんどいじゃん。目立つし。失敗したらカッコ悪いじゃん。
さっきの自分言葉を思い出して、恥ずかしくなる。
「目立ったっていいだろ」
「でも、」
「カッコ悪いことなんて、ひとつもないんだぞ」
そう言われて、私はなんて言葉を返せばいいかわからなかった。
「俺は全然カッコ悪いなんて思わないし、白山が思っているより、皆もそう思わないと思うよ」
私は...。
恩田はそう言い残して、帰っていった。
もう皆、部活に行ったり、帰っていたり、いつの間にか渡り廊下には誰もいなくて、さあっという風の音だけが耳に入ってくる。
私、自分に嘘ついてたのかな。
偉そうに説教みたいなことを言われたのに、少しだけ心が軽くなった気がした。
恩田のくせに。
むかついたけど、ありがたかった。
私はスマホを取り出して、加奈とのトークを開いて文字を打つ。
「文化祭の主演やるから、照明無理かも」
送信ボタンに親指を添える。
これを送ったら、加奈はなんていうだろう。
不安と期待がない混ぜになった感情が心臓をばくばくと動かす。
私はえいやっと、送信ボタンを押した。
たしかにメッセージは送られていて、そしてすぐに既読がついた。はやっ...。
心臓がドキドキとしていた。
嫌な風に締め付けられてるみたいだった。
ピロンと音が鳴る。
加奈からの返事だ。
「まじで!!!いいじゃん!推すわ!」
そうだ。加奈ってこういう子だ。
思わず、私は笑っていた。
渡り廊下から見える空がやけに広く見える。
不思議だった。
何も変わってないのに、何かすごく大きなことが変わった気がするから。
私は私のままでいいんだ。
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