木馬の中身にお気をつけて

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   華やかな街は一転、静寂に包まれる。あちこちの街道に気持ちよさそうに夢に抱かれている者たちが溢れていた。そして、その状況に国からの使者と思われていた黒服の二人組が、ニヤリと笑う。 「よし、ボスの情報操作が完璧だったおかげでこの街も落ちたな。皆が寝静まっている間に、俺たちの仕事を始めよう。」 「了解だぜ、アニキ」  そう言うと、二人は歩き出す。 「ところでよ、アニキ。なんで、街中のやつらを嘘の情報で酔わせて、気持ちよく眠るまで待つ、なんて回りどいことをしたんだ?金が欲しいなら、財布を()ればいいじゃないか」  弟分と思われる男が、隣を歩く兄貴分の男に尋ねる。 「ふっ、お前は相変わらず馬鹿だな。いいか、その方法だと、確かに金は手に入るが、それだけだ。金が欲しくないとは言わんが、俺たちはそれよりも価値がある物を狙っているんだよ」 「それよりも価値がある物?」  弟分の男が首を傾げる。そして、少し考えてから「分からない」という風に両手を挙げた。 「ふっ、いいか。金より価値がある物、それはな、情報だよ」 「情報?」  まだ理解しきれていないという表情の手下に向かって、兄貴分の男は説明を続ける。 「そうだ。氏名、住所、生年月日、電話番号にメールアドレス、それだけじゃない。クレジットカードやキャッシュカードのIDとパスワードだって手に入るかもしれない。そうすれば、そいつが蓄えている財産を頂くことだってできるし、個人情報を流出させると脅して、金を巻き上げることだってできる。  今挙げた以外にも、いくらでもやりようはあるが…、どうだ?情報の価値が分かってきただろう?」  そう言いながら、兄貴分の男は口元を微かに緩ませる。 「お、おう!何となくだけど、分かってきた!あっ、だから、情報を探すために奴らを無防備な状態にする必要があったのか!」 「そういうこと。しかも、これだけ派手にやったら、大量の情報を手に入れることができるってわけだ」  自分の意図が伝わったことに満足したのか、兄貴分の男は力強く胸を張った。 「す、すげえなアニキ!こんな作戦、一体どうやって思いついたんだ?」  興奮した様子の弟分の男は、兄貴分の男の太鼓を叩きながら、質問を続けた。そのわざとらしさに気づいたのか、兄貴分の男は冷ややかな目を向けながら口を開く。 「トロイの木馬って知ってるか?——、いや、お前が知ってるはずないか」  兄貴分の男の言葉に「もちろん知らない」と首を横に振る弟分の男。 「ギリシア神話に出てくる話なんだが……、まあ簡単に言えば、兵を積んだ巨大な木馬を敵の本拠地に運ばせて、その敵が油断したところで、隠れていた兵が出てきて敵を殺していく…、という話があるんだ。そこで登場した木馬こそがトロイの木馬だ。今回ボスから頂いた作戦はそれをモチーフにしてるんだろう」  その説明を聞いて、弟分は先ほど向けられた冷淡な視線の本当の意味に気づいた。 「あ!そういえば、この作戦は、ボスがアニキに授けた作戦だったな。ごめんよ、アニキ。忘れてたぜ」 「全く、お前は……、まあいい。ここまで来たら、あとは俺たちバックドアブラザーズなら楽勝だ。サクッと終わらせてボスに褒めてもらおうぜ」  二人は、ニヤリと笑い合うと、寝静まっている者たちに音をたてないように近づいた。そして、手を伸ばした瞬間——。  ブツッ。  周りで寝静まっていた者たちが、突然消えてしまった。影も形もなく。 「……え、ええ?アニキ、これって、どういうこと?」  狼狽(うろた)える弟分の男は兄貴分の男の方を見る。しかし、兄貴分の男は、その目線に目もくれず、少し考えるように俯いてから急に駆け出した。 「待ってよ、アニキ!」  ただ、追いかけるだけの弟分の男だったが、徐々にあることに気づいていった。 「……え、アニキ。誰も…、街に誰もいなくない?」  やっと走るのをやめた兄貴分の男に、弟分の男は息を切らしながら尋ねる。それを受けてか、兄貴分の男は張り裂けるように叫んだ。 「クソ!!やられた!」
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