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第三章:特別ってなんだ
「ったく、世話のかかるやつだな」
大雅は上松の家のインターフォンを押した。最後に来たのは高校の一年くらいだっただろうか、新作のノベルゲームをやるために上松のパソコンを借りたときだ。
ここに来る途中の電車の中で、午後の授業を休む、と真中にはラインで連絡した。「上松が休んでるらしいから様子を見てくる」と正直に言った。意外にも真中からは「了解。代返できそうならしておくね」とあっさりとした返事がすぐに返ってきた。長い付き合いの幼なじみが体調悪くて見舞いに行くなんてのは、別に特別なことではないはずだが、何か言われなければいいなと思ったのは事実だ。
「出ねぇな」
さっきから二回ほどインターフォンを鳴らしているが、出てくる気配がない。確か、上松の家族は共働きだったので普段は家には誰もいない。上松もおそらく学校をさぼってどこかに出かけている、という性格ではないので、家にいるのは間違いないと思っているのだが。
大雅は上松に電話をかける。普段から一緒にいることもあり、電話をかけるのも久しぶりだ。
「ヒガシくん!?」
すぐに上松は電話に出たが、その声はびっくりしている。
「おまえ、家にいないのか? さっきからインターフォン鳴らしてんだけど」
「うそ、ごめん! すぐ出るよ!」
そのまま家の中からドタバタと音がして、すぐに玄関に誰かが来た。影の大きさからいって上松に間違いないだろう。
「本当にヒガシ、くん?」
「出るのが遅いんだよ」
通話をしたまま、扉を開けた上松に話しかける。同じように上松が電話を耳に当てたまま「ごめんなさい」と謝るのが面白くて、大雅は、ぷ、と吹き出した。
「家、誰もいないんだろ。あがっていいか?」
「え、うん。ヒガシくん、授業は?」
「サボった。初サボリ」
答えながら通話を切る。
「ええっ、なんで!」
「おまえが悪いんだろーがよ! しかも、元気そうじゃねぇか。上松のくせにサボりやがって!」
「痛いっ痛いっ」
いつものくせで目の前の上松の頬をつねる。久しぶりだったので立った状態だと少し腕を伸ばさないといけなくなったことに気づいた。しばらく見ない間に背が伸びたのだろうか。
「まぁでも本当によかったよ。元気で」
「うん。心配かけてごめん」
そのまま自分の部屋がある二階へ向かう上松のあとをついていく。上松はTシャツにスラックスという恰好で、今まで寝ていたというわけでもなさそうだった。とにかく病気ではないことは確認できた。となると、どうしてこうなったのか、やはり自分が聞かないといけないだろう。
上松が部屋の扉を開けると、そこは昔と変わらない上松の部屋だった。学生の頃から使っている学習机とベッドと、そして壁の本棚は以前来た時よりもラインナップが変わっている気がする。前は好奇心旺盛の上松らしく図鑑や百科事典のほうが多かったが、今ではハードカバーや文庫などの小説タイトルが並んでいる。
「適当に座って、今、麦茶もってくる」
「おう」
本棚をぼんやり眺めていると、目の届く高さに、まだ買ったばかりと思われる本が立ててあることに気づいた。手に取って中を開くと大雅が好きな作家であるワタリヒカルの本だった。しかもデビュー作から最近出した新刊まであるところを見ると、きっと作家買いしたのだろう。上松は広いジャンルの本を読むタイプで、特に大雅が勧めた作家や作品は必ず買って読んでくれる。だいたいそのあとで感想を話し合うのが常で、大雅にとっては一番楽しい時間でもあった。
――卒業してから、やってないな。
それは大雅自身が上松と距離を置いていたから以外の理由はない。上松は昔からずっと身長以外は何一つ変わっていないのだ。
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