第三章:特別ってなんだ

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「お待たせ」 「おー、サンキュ」  トレイに麦茶の入ったグラスを2つ持ってくる。片付いている机に置かれたそのグラスを一つ取り、ぐいっと飲み干した。冷たい麦茶が喉を通り過ぎていく。そのあとで微かに残った麦茶の味がなんだか懐かしい。自分の知っている上松家の麦茶の味だ。  夏休みには毎日のように上松の家に遊びに来ては、この麦茶を飲みながら本を読んだりゲームをしたものだが、気づけばそんな夏をもう何年も過ごしていない。 「しかし、入学早々サボるとはいい度胸してるな」 「サボリじゃないよ、本当に熱があったんだって!」 「本当かよ。じゃ風邪ってことか?」 「わかんない、でも……」 「でも、なんだよ」  大雅は話しながらベッドに腰掛ける。 「南野くんに、知恵熱じゃないかって言われた」 「なんだそりゃ。何を考えすぎたんだよ」  大雅の問いに上松はバツが悪そうに下を向いた。  何を考えすぎたのか、と聞いておいて、ああ、そういうことか、とすぐに察した。上松は上松で自分なりに思うところがあって、いろいろ考えていたのだろう。おそらく自分とのことを。 「で、その考えてたことに、結論は出たのか」  上松の答えを待たずに聞いた。 「わかんない。僕はどうするべきなのかな」 「知るかよ。何を考えてんのか、俺はわかんねーのに。あ、そういえば晴陽から見舞い、預かってきてる」 「え、晴陽くんから?」  大雅は自分のリュックから紙袋を取り出し、上松に手渡すと、そのまま上松は中身を取り出した。 「わ、ジーンノベルだ! そっか、今日発売日だったんだ」 「よかったな」 「うん!」  上松は楽しそうにパラパラと雑誌をめくっている。 「おまえ、今、どれ読んでるの?」 「え、全部読んでるけど、特に好きなのはねぇ」 「こっち来いって」  大雅はぽんぽんとベッドを叩いて、隣に座るように要求すると立ったまんまだった上松はおとなしく大雅の隣に座り、雑誌を開いた。 「へー、これってあの漫画のノベライズだろ。今、雑誌になってるのか」 「うん、ゲームとかアニメとか他にもいろいろあるよ」 「どれどれ」  上松が説明してくれるのを大雅は頷きながら聞き、時には質問した。こうして誰かと本の話をするのはずいぶん久しぶりで、話はとても弾んだ。 「この作家、いいな」 「気になる? この人の新刊、僕もってるよ」 「マジか、週末読むから借りてっていい?」 「うん、急いでないから返すにはいつでもいいよ」 「サンキューな」  気づけば躊躇うことなく上松に本を借りていた。それは以前と同じ、まるで毎日学校で会えていたときのような自然なやりとりだった。それだけじゃない。上松と本の話をしているときは居心地がいい。どちらかといえば自分のほうが口数が多いが、上松は大雅が心地よく話せるリズムで相槌をくれる。あまりにも心地いいからしゃべりすぎてしまうのだ。 ――きっと今までも楽しかったんだな。  他の人間と一緒にいて気づいたなんて遅いのかもしれないけど、今はもっと上松と話していたい、素直にそう思うのだ 「上松?」  夢中になって話していて、気づけば上松の相槌が聞こえなくなったので、ふと隣の上松のほうを見て、大雅はギョッとした。上松の目から、ボタボタと涙が流れて頬を伝っていたからだ。
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