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「おまえ、なんで泣いてんの?」
「泣いて、ない……」
「泣いてるだろうがよ。ティッシュどこだ? あ、下にあった」
足元にあるティッシュボックスから数枚引き抜いて渡すと、上松は反対を向いて、ずびびと鼻をかみ、目から静かに涙を拭った。
「ごめ、んなさい」
「今の流れ、どこに泣く要素があったんだよ」
「だって……楽しくて」
「はぁ?」
楽しいって、この状況のことだろうか。
「高校はヒガシくんと本の話ができたから毎日が楽しかった。でも学部、別れちゃって、離れちゃったし、ヒガシくんにはヒガシくんのお友達ができて、この前も何人かと歩いているのを見かけちゃって、ああヒガシくんはもう別の世界の人なんだな、遠い世界の人なんだなって思ったら寂しくて」
「おいおい、勝手に異世界に飛ばすなよ」
「うう、ごめん。でも、ヒガシくんに連絡とったらいけないから我慢しようと思ってたのに、こうして話してみたら、楽しくって」
「だからって泣くなよ、大げさなんだよ、おまえは」
はぁ、とため息をつきながら上松の頭を撫でる。普段は自分より上にある頭を、座っているときだけは、撫でることができるのは、少しだけ優越感を抱く。
――楽しくて、か。
上松の言い分を聞いていたが、実際に大雅も同じことを思っていた。今までと違う新しい世界は少々息苦しくて、でもこうしてもともと好きだったことは時間が経ってもやっぱり楽しくて、この場所を離れなくてはいけないわけじゃなかったのに、自分はなんで距離を置いていたのだろうと思ってしまう。
「つーか、おまえ、俺がいなくなったらどうすんの」
「……困る」
「晴陽も南野もいるだろーがよ」
「だって、ヒガシくんは特別だから」
「なんだそれ」
聞いているこっちが恥ずかしくなる。特別だっていうなら、なんでその一線を越えてこないんだ。わざわざ、自分たちに似たキャラを書いて小説にするくらいなら、直接、本人に「こうなりたい」って言えばいいじゃないかと思う。
しかもこっちはその小説のことを知っていて、それを更新のたびに読んでることだって知らないはずはない。これを自分が読むことに対してどう思うんだ。
――『なぁ、俺にどうしてほしいんだよ?』
たったそれだけのことなのに聞けない。いや、そもそもどうして大雅の方から聞かなくてはいけないか、意味がわからない。
「ごめんね、ヒガシくん」
「なんだよ、急に」
「女の子とも遊びたいよね。サークル、女の子もいっぱいいるんでしょ」
「俺が女の子の友達見つけたいみたいにいうな!」
「え、そうじゃないの?」
いや、それはもちろん下心もあった。女の子との接点が欲しいと思ったのは事実だ。しかしなぜだろう、上松にそう問われてしまうと否定したくなる。そんな軟派な男に見られたくない、気がしてしまうのだ。
「サークルやめる」
「え、なんで?」
「おまえに女たらしみたいに言われるのは俺のプライドが許さん」
「そんなこと言ってないじゃん!」
わかってるよ、それくらい。
「でも文芸部同好会? みたいなのはナシな。もう少し気楽なのにしてくれ」
「ああ、あの話ね、なくなったの。3人なら普通にファミレスとかで話せばいいよねってことになったし」
「なんだそれ。じゃあ、時々誘ってくれ」
さらっとなにげなく言ったつもりだったが、目の前の上松の顔はみるみる明るくなっていった。
「本当に?」
「え、ああ、時々なら別にいいし」
「声かける! 絶対に声かけるから!」
「いや、そんな喜ぶことかよ。ただファミレス行くだけの話だろ」
「だってヒガシくんと会えるなんて嬉しいに決まってるじゃん」
――こいつ、わざとなのか?
上松がキラキラと輝いてみえる。さっきまでとはまるで別人だ。わかりやす過ぎて眩しくて目が痛いくらいだ。
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