エピローグ:前途多難な三角関係

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「上松? なんでおまえ……」 「僕が、東山はここにいるよって教えてあげたの。フェアじゃないなって思って」 「フェアって何がだよ」 「上松くん、俺は東山に自分の気持ち言ったから」 「は、はぁ?」  確かに聞いたけど、それを上松に言う必要ってあんのか。 「俺、容赦しないから」 「の、のぞむところです!」 「おい、こら、おまえ何言ってんだよ」 「イタタッ!」  手を伸ばして、上松の頬をつねる。勝手に背が高くなりやがってムカつくな。 「だいたいおまえがチンタラしてるせいで、こんなことになってるんだろ!」 「チ、チンタラって何のこと?」 「だから……」  いや、危ない。危うく、言うところだった。なんでこっちから言わなきゃいけないんだか。 「ヒガシくん、一緒に帰ろうね!」 「いや、今日からはもう君に譲らないよ。東山、俺と帰ろう?」 「だ、だめです!」 「それなら曜日ごとに交代にするのは、どうだろうか」 「いいでしょう。それならフェアですね」 「おい、勝手に決めんな」  なんでこの二人は自分の意見を聞かずに、一緒に帰るのを交代制に決めてるんだ。あと、フェアってなんだ。 「ねぇ、俺、今日から東山のこと大雅って呼んでいい?」 「別にそれは構わないけど」 「それはずるいです。僕だってずっと名前で呼びたかったのに」  初耳だぞ、そんな話。 「上松くんは俺の知らない大雅のことを知ってるんだからお互い様じゃないかな」 「それはそうかもしれませんけど、でも……名前呼びうらやましいです!」 「だからおまえらはさっきからなんで、俺の話なのに俺を無視してんの?」 「大雅は、どっちを選ぶか決めてくれればいいってことだよ」 「そういうことです」 「いや、どういうことだよ」  特に、一緒に話に乗っかってきてる、こいつは、もう告白したつもりになってるかもしれないけど、一度も気持ちを聞いたことはない。小説のことだって推測に過ぎない。  たったひとこと、俺のことが好きだって言えばそれで話は終わるのに、なんなんだよ。 ――終わるって何?  思わず思考が停止した。ごく当たり前に、上松が告白してきたら終わると思っている自分に驚く。終わるってどういうことだ。  上松が好きだと言ったら、どうするつもりなんだ。なぜ受け入れる気、満々なんだ。いや、好きだって言われたらきっと「知ってた」と答えるだろう。だからなんだ、とさえ、言いかねない。もしかして上松のこと受け入れてるのか。 『俺、上松のこと好きってこと?』  一気に顔に熱が集まってきた。冗談だろ、上松は幼なじみだ。男同士だ。  でも一緒にいて心地よくて、素の自分でいられて、何より東山大雅を理解してくれているのは上松倫太郎だけだとしたら―― 「ヒガシくん?」 「な、なんだよ!」 「大雅、顔真っ赤だけど」 「ち、ちげーよ!」  思わず、鞄を掴んで立ち上がる。 「ヒガシくん、どこ行くの?」 「ちょっと具合悪い。外に行って、風にあたってくる」 「僕も一緒に行こうか?」  心配そうな上松の顔が視界を遮る。まっすぐに見つめてくるその瞳が幼なじみではなく、恋愛感情だというなら、自分たちは想い合っていたりする、のか? 「お、おまえだけは来るな!」 「ええっ! ど、どういうこと」 「どういうって……」  そう言いかけた途端、目の前の上松の顔は追い払われた子犬のような顔になっている。昔から、こうだ。自分が拒絶したとき、上松はこの世の絶望みたいな顔をするのだ。  だからほっておけない。だってこいつの世界には自分しかいない。自分が拒絶したらきっと生きていけなくなってしまう。上松が自分のことを理解しているのと同じくらい、自分もまた上松を理解していることに気づく。  そしていつも自分についてくるのが当たり前である上松が、つらい顔をしているのを見ていられない自分もいる。体調が悪いと聞いたときもそうだった。サボリと聞いて安心した。いや、悩ませているのは自分なのだとわかって、それなら早く言ってしまえと思った。それだけだと思っていたのに。 「じゃあ、俺ならいいの、大雅」 「おまえも今は来るな、ややこしくなる」 「うん、わかった」  そしてこの爽やかで善人キャラだった真中が自分のことを好きだという事実。昔から気になっていただなんて、今、改めて考えても信じられない。  男女分け隔てなく愛されて、慕われて、人気者のキャプテンだった真中俊輔がなんで自分のことを好きになるのだろう。けれどサークルに誘って来たこと、自分が入らないと知って、あっさりサークルに入らないことを決めた。そして何より、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくれた。 「どうすりゃいいんだ、これ」  好きな気持ちが駄々洩れなのに告白してこない幼なじみ、上松倫太郎。そんな素振りまったく見せてこなかったのに告白してきた同級生、真中俊輔。そして、その二人に挟まれた、東山大雅。  まだ始まったばかりの大学生活は、波乱の予感しかしないのであった。
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