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魔女のひとしずく
「魔女さまにぶどう酒を持っていってくれ。なんでも酒の解禁日だそうで一番いい酒を、って注文だ。ああ、恐ろしや」
父は怯えた顔で、小さな酒樽を渡してくる。サラは顔をしかめた。受け取った樽が重かったからというのもあるが、魔女の家には近寄りたくない。
「わたしが行くの? 兄さんに任せたら?」
「仏頂面の兄さんは、魔女さまを怒らせかねないだろう。すこしの散歩だと思って行ってくれ」
それじゃ、と父は逃げるようにぶどう園に向かった。
――仕方ないなあ。
小さな町の、湖のほとり。父が経営するぶどう園は魔女の力で一年中ぶどうが実り、それらを酒に加工して貴族や酒場に売っている。評判も上々だ。
けれど。ここ数年、ぶどう園の土が弱っている。
「酒の味、落ちたんじゃないか? ほかの農園のを買い付けたほうがよさそうだな」
「そんなぁ……!」
ぶどう園から、乾いた風に乗って声が聞こえてきた。今日は酒場の主人が酒を買いに来ているようだ。父が「どうか買ってください」とペコペコ頭を下げているのが目に浮かんだ。昨日もお得意さんから同じことを言われたみたいだ。
サラは樽を荷馬車に詰め込みながら、ため息をついた。
なにか手伝いたいけれど、身体が弱いサラに父たちは仕事をさせたがらなかった。せいぜい手が足りないときに、こうして近隣の配達を頼まれるくらいだ。
「わたしにできること、ないのかな」
馬にまたがると、サラはぺちんと自分の頬をたたく。ひとまず、今できることは配達だと思い直した。
「でも、魔女さまの家だもんなぁ」
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