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おそろいに染まる、満たされる
「やっちゃったあ」
日曜日の朝。
私は洗濯機の中をみて呟いた。
青く染まったタオル類。
デニムの生地と一緒に洗ってしまったのだ。
私の声に反応して、リビングから息子が飛び出してきた。
「どうしたの?ママ?」
家の中ではまだ『ママ』と呼んでくれる小学5年生の息子。家の外では『お母さん』呼び。少しずつ母と息子の距離を感じ始めた今日このごろ。
その息子の大切なハンカチも、青く染まっていた。
「ごめん、諒」
私がハンカチを手にして謝ると、諒は唇をとがらせて眉をひそめた。
「・・・理子ちゃんにもらったハンカチ・・・」
泣きそうな声をだし、ぱっと後ろを向いてリビングへ戻っていく。
――それもそのはずだ。
ついこの間、11歳になった誕生日に幼なじみの理子ちゃんにもらったハンカチなのだから。
本人は恥ずかしがるが、諒が理子ちゃんを好きなのは一目瞭然。
その理子ちゃんが誕生日にわざわざ家まで届けてくれたプレゼント。
もとは白いハンカチ。そこに四つ葉のクローバーの刺繍がしてある。
理子ちゃんのお母さん情報では、理子ちゃんが一生懸命に刺繍したという。
「ごめんね」
私はため息をついて小さく謝った。
諒には届かないくらいの声だった。
***
どうしようか。
他のタオル類は家での普段使いだからまあ許せる。
けれど理子ちゃんのハンカチはそうはいかない。
使っていないのが理子ちゃんに気づかれてもだめ。
青く染まってしまったハンカチを気づかれてもだめ。
「八方塞がりだあ」
頭を抱える。
洗濯物を干し終えてリビングに戻ればゲームをしている諒がいた。
日曜日の朝だけれど、ゲームをしたい諒はいつも通り起床する。
パパはまだ寝ていて、二階の寝室にいる。
私は静かにリビングをでて二階へ上がった。
ベッドでだらしなく大の字になって、いつまでも起きないパパ。
まったくしょうがない大人だ。
しかしそんなことは言っていられない。
「ねね、起きて」
軽く肩を揺するとはっとしたように目が開いた。
「なになに?」
いつも諒がパパを起こす役目なので私が起こしにきたことがすでにイレギュラー。
パパはガバッと起き上がりあたりを見回す。
そして目の前に私の姿を見つけてにやあっと笑う。
「どうしたの?ママが起こしてくれるなんて嬉しいなあ」
本当にその通りで、朝、私はめったに二階へは起こしにこない。主婦の朝は忙しい。だから代わりに諒が毎朝パパを起こす。
大体、私が朝起きてベッドからでるときにパパが起きていたためしがない。
同じベッドに寝ているのに、私が起床時に動いてもぴくりともしないのだ。
私に起こされて嬉しいと思うのなら、いつも自力で起きてきてほしい。
いくらでも褒めてあげるのに。
私は胸の中で呟きつつ、染まってしまったハンカチをパパに見せた。
「どうしよう染まっちゃったの、これ理子ちゃんが諒にくれたのよ誕生日に」
「・・・青いねえ」
「ねえ」
その青さときたら。
晴れた日の空のよう。
斑にならずに全体が青く染まっていることだけが幸いだった。
「これはこれできれいだけどねえ」
「呑気なこと言わないでよ」
のんびりと呟くパパに私はピシリと切り返す。
ひえっと肩をすくめるパパ。
まったくもう。
私は青いハンカチを両手で広げさっきよりも深いため息をつく。
***
「僕にまかせて」
自信満々なセリフをのこし、パパは諒とともに出かけていった。
諒は浮かない顔。
ぼそっと、いってきます、と言ったけれど。
私を見てはくれなかった。
ハンカチのシワをパンパンとのばし洗濯ばさみに挟む。
せめてきれいに干してあげよう。
それにしても二人はどこへ行ったのか。
時計を見ると、出かけて二時間ほどたっていた。
そろそろ昼食の時間になるのに。
やる気は出ないが冷蔵庫を確認してみる。
何か作れそうなものは・・・。
やきそばの麺とウインナーがあった。キャベツもいくらか。
諒とパパの昼食にはなる。
ハンカチの件で食欲のない私の分はいらない。
私はのろのろとフライパンを手に取った。
***
「ただいま!!」
キャベツとウインナーを炒めたところで玄関から声が聞こえた。
明るい声。先ほど出かけていった時とは別人のような声。
私は慌てて玄関へ出て行った。
「おかえりなさい」
「ママ、ただいま!これ理子ちゃんとおそろいにする!」
「え」
諒の言っている意味がよくわからない。
パパの顔を見ると、うんうん、と頷いている。にこにこして。
よくよく見れば諒の手には可愛くラッピングされた包みがある。
それともうひとつ、特にラッピングはされていない普段使いの包みも。
「これね、パパが買ってくれたよ」
普段使いのほうの包みをばりっと破り、中から出てきたのは。
ブルーのチェック柄のほどこされたタオルハンカチ。
「これとね、おそろいのピンク、理子ちゃんにあげるんだ」
諒は嬉しそうにブルーのタオルハンカチを握りしめ、可愛い包みを私に示してくれた。
「あの青くなっちゃったハンカチももちろん使うもん」
「理子ちゃんに、染まっちゃったって素直にいうんだよな、諒」
パパが諒の言葉を補足して私に説明してくれる。
「それでね、ママ、理子ちゃんに『僕とおそろいの、このチェックのハンカチ使ってほしい』って言ってこれあげるんだ」
諒がえっへんと胸をはった。
***
リビングへ諒が入っていったあと、二人残された玄関で私はパパに問いかける。
「パパが提案してくれたの?」
「ん?」
「おそろいのハンカチ」
パパはポリポリと頭を掻いた。
「だってさ、刺繍のハンカチもきれいに青く染まってたから使えるんだし。素直に理子ちゃんに言ってついでにほら、ほら・・・」
「なに?」
「告白しちゃえばって」
私は目が丸くなった、と思う。ついでに口もあんぐり開いた、と思う。
「おとこどうしってズルい・・・」
やっと絞り出したのはそんな言葉。
だって私から理子ちゃんのことを聞いても諒は恥ずかしがって何も言ってくれないのに。
ズルい。
「いやいやほらほら、ね。これがパパの特権だってば。いいじゃない、こんなときくらい」
破顔してパパはそう言った。
「うーん・・・まあ、そう、かなあ・・・」
あんまり嬉しそうに言うから、私も頷くしかない。
まあ、こんなときくらい、いいか。
「ありがとう、俊介さん」
私がそっと呟くと、パパの顔が固まった。
目と口が大きく大きく開く。
「あああいいんだよ、だって僕はパパなんだから!!きみはママで・・・!」
もごもごと口ごもりつつ、顔が真っ赤になっていく。
「・・・いいんだよ、美智子さん。いつもありがとう」
真っ赤になったまま、私に向かって言葉を紡ぐ。
お互いの名前を呼んだのはいつぶりだろうか。
恋人時代に戻ったようにパパが私の手をとった。
肩を引き寄せられぎゅっと抱きしめられる。
「諒、うまくいえるといいね、理子ちゃんに」
「そうだね、でも大丈夫だよ。練習したからね!」
パパの力強い言葉に、昔を少し思い出す。
あたたかい腕の中に包まれて。
私の頬もおそろいに、きっと赤く染まっている。
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