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「秘密にできるか?」
「何がですか?」
「周囲に絶対に言うなよ」
手渡された紙。《柳島蒼》という名前と連絡先が書いてあった。
やなしまあおい。
聞き覚えがあった。何故聞き覚えがあるのか頭を巡らせていたら男の人は小さく手を上げ、私から去ろうとしている。
「歌手になりたいのなら、そこに書いてあるところに連絡しな」
柳島蒼という人がいなくなった。歌を中断されたけれどめげずにあと二曲を歌う。そうしてしばらくした後に思い出した。
彼は動画配信サイトで名を轟かせている、新進気鋭の音楽クリエイターだった。
顔出しはしていない。だから名前だけ見てもすぐにはピンと来なかった。
だけどこの紙を渡してきた人がその、本物の音楽クリエイターとは限らない。渡された紙は折り畳み、ギターケースのポケットにしまった。
帰宅してベッドの上に腰を下ろす。ギターケースから紙を取り出し、もう一度眺めた。
殴り書きでTwitterのアカウントと、電話番号が書いてある。
柳島蒼が本物かどうか確かめるために、Twitterでダイレクトメッセージを送ることにした。
この柳島蒼のアカウントにメッセージを送っても、さっきの彼が偽者ならば当然無視されるだろう。
《今日の夕方路上ライブをしていた者です。私が誰だか分かりますか?》
偽者とは思いながら、送るのはタダだしやってみるだけ、というくらいの気持ちで送信ボタンを押す。
すると予想外にすぐ既読になり、返信があった。
《黒髪ショートの新谷駅で歌を歌っている奴な。バラード曲の“スノードロップ”をここ最近は毎日必ず歌っている》
今日の彼は本物かもしれない、と思い始める。続けて流れてきたメッセージに、手渡された紙と同じ電話番号が書かれていた。
彼の電話番号はどこにも公表されてない。だから私は思い切って電話をかける。
差し込んだ一筋の光を、掴まない選択肢はなかった。
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